しまうまのメモ帳

知的かつ霊的なスノッブであると同時に人類の味方でもある道、オタク的な世捨て人であると同時に正義を求める闘士でもある道を求めて

はじめに

日々の生活のなかで興味を抱いたことや、いまだ一つの考えにまとまらない頭のなかのぐじゃぐじゃを、そのまま吐き出すように記していきます。

 

なお、とくにことわることなく内容の変更や削除をおこなうことがありますが、ご了承ください。

 

竹田青嗣の現象学解釈を検証する (1)

これまで、「竹田青嗣現象学と欲望論を読み解く」というタイトルのもとで議論をおこなってきましたが、そこでわたくしがかねてより竹田現象学に対して抱いていた疑問の一端をごく簡単に示してみました。ただしそこでの議論は、具体的な例にそくしてなされており、わたくしの抱いている疑問の意味を十分に明らかにすることはできませんでした。また、竹田のポストモダン思想に対する批判には疑問が付されるべきではないかというわたくしの意見もあわせて提出したのですが、そこでの議論は竹田現象学に内在的な立場からの批判というかたちでなされており、ポストモダン思想の立場から竹田の批判に対する反論がどのような仕方で可能なのかということについても、いまだ語ることができていません。そこで今回から何度かにわたって、より広い哲学史的な視野のもとで、わたくしの抱いている竹田現象学への疑問についての考察をおこなってみたいと考えています。

 

わたくしは以前、竹田現象学の問題について、次のように述べたことがありました。

 

竹田の解釈の問題は、経験的なレヴェルと超越論的なレヴェルの区別が哲学史のなかで問題とされるようになった経緯を踏まえないまま、現象学を理解しようとしていることに集約されます。このことは一方で、フッサール現象学における意識の志向性をエロス的原理に拡張し、「竹田欲望論」と呼ばれる豊穣な世界を切り開いていくことを可能にしました。しかし他方で、無視することのできない問題を「竹田現象学」の内に招き入れることになったのではないか、という疑念を抱かざるをえないようにも思うのです*1

 

またべつのところでは、〈主観的確信の内の正しさ〉と〈正しさ〉を区別し、超越論哲学の創始者であるカントの言い回しを借りて、次のような説明を試みたことがありました。

 

〈正しさ〉は主観的確信〈をもって〉成立するのだとしても、主観的確信〈から〉生じるのではない*2

 

竹田現象学は、カントによって切り開かれフッサール現象学においても継承されている「超越論的」な問題領域に関して、やや無頓着なところがあるのではないかと、わたくしには思えます。そこで、まずはカントによってはじめて明瞭なかたちで議論の対象となった「超越論的」な問題の性格について考察をおこなうことにします。とはいえ、汗牛充棟のカント研究に加わってなにごとかを申し述べる能力は、もとよりわたくしにはありません。以下の議論はカント哲学の解釈ではなく、あくまでカントによって切り開かれフッサールへと継承された超越論的な問題の地平の片隅を、たどたどしくもみずからの足で歩んでみることで、竹田現象学の問題を多少なりとも明瞭なかたちで理解できるようにしたいという意図にもとづくものであることを、あらかじめご了承いただきたいと思います。

 

さて、フッサールの生きた十九世紀後半において、学問の世界で起こった特筆するべき出来事の一つに、経験科学としての心理学の誕生があります。近代という時代において、デカルト以来の「自然」と「心」の二分法が定着し、まずは自然科学が旧来のアリストテレス主義からの脱却に成功しました。これにつづいて、人間の心についての探究もようやく自然科学的な手法によっておこなわれるべきだという主張がなされるようになり、いわゆる行動主義心理学実験心理学などの動きが広がっていきました*3

 

こうしたなかで、哲学においても「心理学主義」という立場が提唱されるようになります。「心理学主義」とは、心理学が対象とする「心」の研究によってあらゆる学問を基礎づけることができるとする立場を意味しています。これに対して、カントの批判哲学を継承する「新カント派」と呼ばれる立場に立つ哲学者たちは、経験科学としての心理学が対象としているのは、どこまでも経験的・個別的なものにすぎず、たとえば数学的な真理のような理念的・普遍的なものを基礎づけることはできないと批判しました。彼らの立場は「論理学主義」と呼ばれ、フッサールはこの二つの立場のはざまで独自の現象学の立場を築いていくことになります。

 

ところで、論理学主義の立場を標榜する哲学者たちが心理学主義に対しておこなった批判の根拠を提供することになったカントの哲学とは、いったどのようなものだったのでしょうか。ここでは、両陣営の議論の内容に立ち入ることは差し控えて、カント哲学によって切り開かれた超越論的な問題の次元をわたくしなりに論じてみることを通して、心理学主義の立場に含まれている問題を浮き彫りにしたいと思います。まず考えてみたいのは、経験科学的なしかたで記述される「心」についての研究は、はたしてわれわれの認識の説明だといえるのかという問題です。

 

ある種の心理学主義の立場では、われわれの心の状態は、内観によってとらえることができると考えます*4。われわれがある対象を見て視覚的な認識をおこなうとき、われわれの心のスクリーンに映じた像を、内観によって把握し記述することができるとされるのです。しかしながら、心の内にあるスクリーンになんらかの像が映じているという心理学的な事実が、ただちに私がなにごとかを認識していることだと結論づけることはできないのではないでしょうか。

 

内観という独特のしかたでとらえられる出来事が、一つの心理学的な事実であることはたしかでしょう。しかし、この内観によってとらえられる一つの心理学的な事実が「すなわち」私が何ごとかを認識していることだ、というのは自明だとはいえません。経験科学的なしかたで記述される事実であるという点では、たとえば会議室の前方の白いスクリーン上にパワーポイントの映像が映し出されているという物理学的な事実と、心の内のスクリーンにある像が映じているという心理学的な事実とのあいだには、本質的な違いはありません。それにもかかわらず、後者の心理学的な事実が「すなわち」私がなにごとかを認識しているということだと主張することができるのは、いったいどのような条件に基づいているのでしょうか。その条件が明らかにされないかぎり、心理学的な事実が私の認識であることが明らかにされたとはいえません。つまり、ここにはなお、なんらかの説明によって架橋されなければならないギャップが存在しているのです。

 

このギャップを埋めるものが、カントの批判哲学における「超越論的統覚」という概念でした。われわれがなにごとかを認識しているといえるためには、単なる心理学的な事実が存在しているだけでは十分ではありません。われわれがなにごとかを認識しているといえるためには、感性において受容される直観の多様が、「私は考える」という超越論的統覚の働きによって総合・統一されていなければならないと、カントは主張します。

 

ここで注意しなければならないのは、「私が考える」という超越論的統覚の働きを、直観の多様に随伴するもう一つの心理学的な事実だと考えてはならないということです。そうした経験的な事実としての随伴意識は、心の内のスクリーンに映し出されているもう一つの像であるにすぎず、そうした像が存在していることを指摘しただけでは、ふたたび「なぜそのような像が映じているという事実が、私がなにごとかを認識していることだといえるのか」という問いを招くことになるからです。カントはこうした超越論的統覚のはたらきを、「経験的統覚」と区別して「純粋統覚」あるいは「根源的統覚」と呼んでいます*5

 

 「私は考える」という意識が、あらゆる私の表象に伴わなければならない。〔・・・〕あらゆる思惟に先立って与えられうる表象は直観と呼ばれる。この多様がそこに見いだされるところの主観における「私は考える」という意識と必然的関係を有する。しかしこの表象は自発性の働きである。すなわちそれは感性に属するものと見ることはできない。わたくしはこれを経験的統覚と区別するために、純粋統覚と名づける。あるいはまたこの統覚を、根源的統覚とも名づける。この統覚は、「私は考える」という、あらゆる他の表象に伴わざるをえず、かつあらゆる意識において同一である表象を生み出す自覚であり、決してさらに他の統覚からは導き出せないような自覚であるからである。わたくしはまた、この統覚の統一に基づいてア・プリオリな認識が可能となることを示すために、この統覚の統一を自覚の超越論的統一と名づける。けだしある直観中に与えられる多様な表象は、もしそれがすべてをあげて一つの自覚に属しないとすれば、そのことごとくが私の表象であるということにはならないであろうからである*6

 

純粋理性批判

純粋理性批判

 

 

カントの「超越論哲学」は、こうした統覚の根源的な総合・統一によってわれわれの認識が可能となっていることを解明することをめざしています。次の文章では、「超越的」(transzendent)と区別して用いられるカントの「超越論的」(transzendental)ということばは、まさにこうした問題にかかわるものであることが表明されています*7

 

わたくしは、対象にではなく、対象を認識するわれわれの認識の仕方に、この認識の仕方がア・プリオリに可能であるはずであるかぎりにおいて、これに一般に関与する一切の認識を超越論的と称する。このような概念の体系は超越論的哲学と呼ばれるであろう*8

 

このカントの説明は、正確に理解される必要があります。すなわち、「超越論的」ということばが、対象を認識するわれわれの認識のしかたにかかわるものであるということだけでなく、それが対象にかかわるもの「ではない」ということをも、正しく理解する必要があるということです。

 

よく知られているように、カントの超越論哲学においては、「人間の認識には二本の幹がある」*9とされ、感性と悟性がその二本の幹に当たるとされていますが、われわれはこの二つの能力が彼の超越論哲学というプランのもとであつかわれていることに十分な注意を払わなければなりません。つまりそれらの能力は、われわれの認識の仕方に関する考察のなかで議論の対象となっているのであって、それらの能力を自然界における対象としてあつかっているのではないということを、明確に認識しておく必要があるのです。

 

カント哲学における感性と悟性は、経験的な心理学の立場から対象として把握されるような二種の能力ではありません。むろん心理学の立場から、われわれがなにごとかを認識しているときに現実に機能している心的能力を解明することは可能でしょう*10。しかしそれは、いわば認識が現実化されるための条件なのであって、認識の可能性の条件を解明することをめざす超越論哲学の課題は、これとはべつのものだといわなければなりません。

 

さらにこのことは、『純粋理性批判』の「超越論的分析論」における「事実問題」と「権利問題」の区別にかかわっています。

 

 法律学者は、権限や越権について論ずる場合、一つの訴訟事件のなかで、何が合法的であるかに関する問題(権利問題quid juris)と、事実に関する問題(事実問題quid facti)とを区別する。そして両者について照明を要求するのであるが、権限あるいはまた権利の要求を明らかにすべき前者の証明を、演繹と名づけている*11

 

そこでは、われわれがなにごとかを認識しているときに現に機能している経験的・心理学的な能力が問題にされているのではなく、そもそもわれわれがなにごとかを認識しているといえるために満たさなければならないとされる可能性の条件が問題にされているのです。以下では、こうした観点から『純粋理性批判』第一版における「超越論的演繹」の議論をごく簡単にたどってみることにします。

 

直観を通じてわれわれに与えられるものは単なる表象の多様(das Mannigfaltige)であり、いまだ統一されていないカオスにすぎません。そこでカントは、こうした直観の多様を統一し、われわれの認識を成立させている条件について探究を開始します。

 

直観の多様が統一されるためには、これらの多様が一つにとりまとめられなければなりません。つまり、継起的に与えられる一つ一ひとつの表象を通覧し(durchlaufen)、それを統括する(zusammennehmen)ことが必要となります。これが、われわれの認識が成立するための第一の条件であり、カントはこの働きを「直観における覚知の総合」と呼んでいます。

 

しかし、これだけではなお、われわれの認識が成立する条件が整ったということはできません。次にカントは、この覚知の総合が可能になる条件についてさらなる探究を進め、この総合が成り立つためには、一瞬ごとに消え去っていく継起的な表象を心のうちに保持し再現することが可能でなければならないといいます。ここでクローズ・アップされるのが、心像を形成する構想力(Einbildungskraft)*12の働きです。たとえば、私が一本の線を頭のなかで引いてみるとき、そのつどの表象を忘れ去って次の表象へと進んでいくのであれば、全体としての表象の統一もありえないことになってしまうでしょう。こうしてカントは、われわれの認識が成立するためには、表象の統一の超越論的な条件としての「構想力における再生の総合」がおこなわれているのでなければならないと主張します。

 

さらにカントの探究はつづきます。構想力における再生の総合は、すでに消え去った表象を心のなかに保持し再生する働きでした。しかし、この表象の再生が、以前に私が表象したものと同一であることを再認識できるのでなければならないとカントは主張します。もしそうした働きが存在しなければ、構想力によって再生された表象が、まさに以前の表象の「再生」であるということを理解することはできず、その結果表象の多様を統一することは不可能となり、けっきょくわれわれの認識が成り立たないからです。それゆえ、再生された表象と以前の表象との同一を認識する働きがなければなりません。こうした働きをカントは「概念における再認の総合」と呼んでいます。こうしてカントは、「直観における覚知の総合」「構想力における再生の総合」「概念における再認の総合」という三重の総合作用が、われわれの認識が成立するための条件だと主張します。

 

それでは、こうした三重の総合が成立しているということは、いったいなにを意味しているのでしょうか。それは、私の意識の同一性が存しているということにほかなりません。もし意識の同一性が存在せず、一瞬ごとにそれぞれ異なった表象がわれわれに与えられているだけであれば、それらの表象の再認が不可能になってしまうからです。こうして、私の意識の同一性こそが、感性において与えられる直観の多様を総合し、われわれの認識が成立するための根源的な条件をなしているということができるのです。もちろんわれわれはつねにこのような同一性を明確に意識しているとはかぎりません。しかしこうした同一性が存在しているのでなければ、われわれに与えられた直観の多様が統一されることはなく、私の認識とはなりえません。この意識の同一性こそが、われわれの認識を可能にしている超越論的な条件であり、これをカントは「超越論的統覚」と呼んだのでした。

 

ところでカントは、超越論的統覚の働きに基づいて悟性による概念的思惟がなされると考えていました。そこで次回は、『純粋理性批判』の第二版におけるカントの議論をたどりつつ、概念的思惟についてのカントの考えを見ていくことにします。最後に、われわれが見てきたカントの超越論哲学の意義を、より広い観点からとらえなおしてみたいと思います。

 

すでに見たように、カントは「超越論的」という概念について、「わたくしは、対象にではなく、対象を認識するわれわれの認識の仕方に、この認識の仕方がア・プリオリに可能であるはずであるかぎりにおいて、これに一般に関与する一切の認識を超越論的と称する」*13と説明していました。「超越論的」とは、対象についてではなく、対象を認識するわれわれの認識能力についての「反省」であり*14、それゆえ理性の自己批判を意味しています。またべつの箇所では、「超越論的と経験的との区別はしたがって、単に認識の批判に属することで、認識とその対象との関係には関しないことである」*15と述べられています。このことから明らかなように、超越論哲学は、認識の対象を解明することではなく、対象へとかかわっていくわれわれの認識能力そのものを解明することを目標としています。われわれの対象の認識にかかわるかぎりにおける直観、構想力、統覚、判断力、悟性、理性といった諸能力の区別をおこなうのが「反省」であり、「批判」だということができるでしょう*16

 

カントは『純粋理性批判』のアンチノミーをあつかっている箇所で、「この懐疑的方法はただ超越論哲学にのみ本来独自のものである」*17と述べていますが、彼の「批判」という思索の営みは、「考える私」以外のいっさいを懐疑によってしりぞけるデカルトの方法的懐疑とは、大きく異なります。カントは、われわれの認識に与えられる経験的な所与を否定することはありません。といって、ではそれらをそのまま承認するのかといえば、それも違うといわなければならないでしょう。カントの批判哲学の課題は、われわれの経験的な認識の対象にかかわるのではなく、経験的な認識そのものの可能性を問い、それが認識であるためのア・プリオリな条件にかかわるかぎりにおいて、われわれの認識にまつわる諸能力を吟味しそれらの区別をおこなうことにほかなりません。つまり「超越論哲学」とは、経験的なものの認識における非経験的な条件についての探究だということができるのです。

 

こうしてわれわれは、これから竹田青嗣現象学解釈に検討を加えていくなかでおそらく何度も立ち返ることになるであろう、『純粋理性批判』の「緒言」に記された次のことばにたどり着くことになります。

 

われわれの認識がすべて経験〈をもって〉はじまるとはいえ、それだからといってわれわれの認識がすべて経験〈から〉生ずるのではない*18

 

*1:竹田青嗣現象学と欲望論を読み解く (2)」を参照

*2:竹田青嗣現象学と欲望論を読み解く (8)」を参照

*3:この時代における人間の「心」についての議論は、これだけにとどまりません。フッサールの師であるブレンターノは『経験的立場からの心理学』を著し、独自の志向性理論を構築していました。またディルタイは、「自然科学」とは異なる「精神科学」の方法論についての考察をおこなっています。さらにフロイトによって「無意識」の存在が発見されるなど、人間の「心」についての多様な学問が生まれています。

*4:心理学の方法としての「内観」を重視したのは、1879年にライプツィヒ大学に心理実験室を開設し、「心理学の父」と呼ばれたヴィルヘルム・ヴントでした。ただし、その後の実験心理学はヴントの立場を乗り越えて、物理学的な刺激と心理学的な感覚が対応し、両者のあいだに量的な比例関係が成立することをたしかめることで、経験科学としての心理学を確立します。このことについて木田元は、ヨーロッパ世紀末思想史をあつかった著書『マッハとニーチェ』のなかで次のように解説しています。「ヴント自身は分析的内観法を重視したし、意識の統覚作用を連合法則の上位に置く主意説の立場をとり、広範な心理現象に眼を向けたが、彼の指導下に発足した実験心理学は、さしあたり関心をもっぱら感覚研究に向けた。」「この感覚研究の領域では、実験心理学は目覚ましい成果を挙げることができた。ここから出発して、さらに高次の複雑な現象へ研究を推し進めていけば、やがてすべての心理現象を科学的に究明しうるにちがいない、と思わせるものがあった。心理学は哲学の一文科から脱皮して科学として自立することができたように思われたのである。」(木田元『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』(2014年、講談社学術文庫)51頁)

*5:「経験的統覚」についてカントは、次のように説明しています。「内部知覚におけるわれわれの状態の規定に基づく自覚は、単に経験的であり、つねに変異的である。内部現象のこのような流れには常住不変な自我なるものは存しえず、この種の意識は通常内官と呼ばれ、あるいは経験的統覚と名づけられる」(A107 高峯一愚訳『カント純粋理性批判』(1989年、河出書房新社)135頁 なお『純粋理性批判』からの引用箇所の表記は、慣例にしたがっておこなうものとします。また、邦訳からの引用をおこなうにあたって訳語の一部を変更しました。以下も同様とします)。このように、経験的統覚がつねに時間のなかで変異する流れであるのに対して、「超越論的統覚」は「恒常不変な自我」(A123 高峯訳『カント純粋理性批判』143頁)であるとされ、「あらゆる経験に先立って存し、この経験そのものを可能ならしめるところの制約」(A107 高峯訳『カント純粋理性批判』135頁)となっていると述べられています。

*6:B131-132 高峯訳『カント純粋理性批判』112-113頁

*7:プロレゴメナ』でも、「超越論的」ということばは「物に対するわれわれの認識の関係」を示すものではなく、「認識能力に対するわれわれの認識の関係を示す」(Kant's gesammelte Schriften Bd. 4, Hrsg. von der Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, Berlin, 1911, S. 293)と説明されています。

*8:A11-12/B25 高峯訳『カント純粋理性批判』58頁

*9:A15/B29 高峯訳『カント純粋理性批判』60頁

*10:ただしカント自身は、経験科学としての心理学は不可能だと考えていました。カントは『自然科学の形而上学的原理』のなかで、数式による表現と実験が可能であることが科学であるための条件だといい、心理学はこれらの条件を満たさないとして、次のように述べています。「それゆえ経験的心理論はけっして内官の記述的自然論以上のものとはなりえず、また記述的な科学としても、せいぜい体系的な自然論、すなわち心の自然記述となりうるだけであって、心の科学とはなりえない」(犬竹正幸訳『カント全集12 自然の形而上学』(2000年、岩波書店)11頁)。

*11:A84/B116 高峯訳『カント純粋理性批判』104-105頁

*12:カントは『純粋理性批判』の第二版において、「構想力とは、対象が現存していなくとも、対象を直観において表象する能力である」と説明しています(B151 高峯訳『カント純粋理性批判』121頁)。

*13:A11-12/B25 高峯訳『カント純粋理性批判』58頁

*14:カントは『純粋理性批判』のなかで、「反省」という概念について、次のように説明しています。「反省(reflexio)とは、直接に対象について概念をえるために対象そのものに関与するものではなく、われわれが概念に到達できるための主観的条件を見いだすために、まずわれわれが用意する心の状態である。それは与えられた諸表象と、われわれの相異なる認識源泉との関係を意識するものであり、この意識によってのみ、表象相互の関係は正しく規定されることができるのである」(A260/B316 高峯訳『カント純粋理性批判』222頁)。

*15:A56-57/B80-81 高峯訳『カント純粋理性批判』88頁

*16:カントは「わたくしが表象一般を、表象がそこに立てられる認識力と比較対照して総括し、表象が純粋悟性に属するものとして相互に比較されるか、それとも感性的直観に属するものとして相互に比較されるかを識別する働きを、わたくしは超越論的反省と名づける」(A261/B317 高峯訳『カント純粋理性批判』222頁)と述べています。

*17:A261/B317 高峯訳『カント純粋理性批判』314頁

*18:B1 高峯訳『カント純粋理性批判』44頁

竹田青嗣の著作案内をおこなっています

ウェブ本棚サービス「ブクログ」で、竹田青嗣の著作に関するまとめを公開しました。まだ作成の途中ですが、順次更新していく予定です。

 

 

竹田の思想に興味をもった方への手引きになれば幸いです。

 

竹田青嗣の現象学と欲望論を読み解く (9)

前回は、小浜とフェミニズムのあいだでなされた議論を手がかりにして、彼の実存的な立場が抱え込むことになる問題点を見定めてきました。そこでわれわれは、小浜の主張する実存的なエロス原理は、論議的な(diskursiv)意味における〈妥当性〉をもつことはできないのではないかという疑問を提出しました。そのうえで、竹田のフッサール解釈にも、これと同種の問題がひそんでいるのではないかということを示唆しておきました。今回はもう一度竹田の議論に立ち返って検討を加え、前回示唆していた問題を具体的に考察してみたいと思います。

 

すでにわれわれは竹田の『現象学入門』をはじめとする著作の検討を通して、彼のフッサール解釈が標準的なフッサール解釈とどのように異なっているかということを明らかにしてきました。まずは、そこでたしかめられた竹田のフッサール解釈の特色を、簡単に振り返っておくことにしましょう。

 

竹田は、「フッサールは、認識論上の問題を解くためには〈主観-客観〉の「一致」を確かめることに意味はない(それは不可能である)、むしろ〈主観〉の内部だけで成立する「確信」(妥当)の条件を確かめることに問題の核心がある、と主張するのである」*1と述べていました。彼の解釈では、「現象学的還元」も次のようなシンプルな「視線の変更」のことを意味するにすぎないとされます。

 

〈還元〉とは、ただ「客観がまず存在する」という前提をやめて独我論的に考えをすすめる、という“発想の転換”、視線の変更を意味するにすぎない*2

 

そして、こうした独我論的な立場に立つことで、「それを疑うことが無意味であるようないわば「確信」の底板というべきもの」*3が見いだされると竹田は主張します。それが、フッサールのいう「原的に与える働きをする直観」*4であり、竹田によれば「知覚直観」と「本質直観」の二種類があるとされます。ただし、ここで竹田の考えている「不可疑性」*5は、主観と客観の〈一致〉を保証するものと解されてはなりません。彼は次のように述べています。

 

 問題の核心は、「一致」の保証はありえないのに、なぜ人間は客観の実在を疑いえないものとして受けとっているのかということに答える点にある。このとき可能な答え方はただひとつだけだ。人間は自己のうちに、自己の「外側に」あるものを確信せざるをえない条件を持っている。この条件が「原的な直観」なるものだ。これらはいずれも自己の自由にはならない対象として人間に現われ、まさしくそのことで、人間に「外部」にあるものの存在、実在を確信させるのである*6

 

こうして竹田は、「現象学の課題は、世界や事物が実在することの確実性を証明しようとするのではなく、ただ、この確実性の信念がなぜ生じるのかを〈意識〉の構造として明らかにする点にある」*7と述べます。つまり、世界や事物といった意識を「超越」する客観的な実在を証明するのではなく、そうした信念ないし信憑を支えている「内在」的な条件を解明することが、現象学の課題だとされるのです*8

 

では、「知覚直観」や「本質直観」といった「内在」的な条件は、どのような仕方で「超越」的な実在についての確証を支えていると竹田は考えていたのでしょうか。以下では、この点について少し立ち入って検討を加えてみたいと思います。

 

ここでは題材として、新美南吉の童話『手袋を買いに』をとりあげることにします。わたくしと同じく、小学校の教科書でこの物語を知ったというひとも多いと思われますが、まずは簡単にこの作品のあらすじを紹介しておきましょう。

 

 

この作品に登場するのはきつねの母子です。ある日のこと、山に雪が降り積もり、子ぎつねは喜んで一面の銀世界を駆け回ります。その後、子ぎつねの手にしもやけができては可愛そうだと心配するかあさんぎつねは、人間たちの暮らす町で毛糸のてぶくろを買ってあげることにします。

 

かあさんぎつねは、子ぎつねの片方の手を人間の子どもの手に変えて、町の「ぼうし屋」へ買い物に行かせます。かあさんぎつねは子ぎつねに2枚の白銅貨をにぎらせ、町の「ぼうし屋」で人間の手を差し出して、その手に合ったてぶくろを買ってくるようにと言い聞かせます。こうして子ぎつねは、夜の町へと出かけ、目的の「ぼうし屋」を発見します。ところが子ぎつねは間違って、きつねの方の手を、ドアの隙間から差し入れてしまいます。

 

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新美南吉『てぶくろをかいに』(金の星社、2005年)22頁) 

 

「このおててにちょうどいいてぶくろ、ください。」
 すると、ぼうし屋さんは、おやおやと思いました。きつねの手です。
きつねの手が、てぶくろをくれというのです。これはきっと、
木の葉で買いにきたんだなと思いました。そこで、
「さきにお金をください。」
といいました。子ぎつねはすなおに、にぎってきた白銅貨をふたつ、
ぼうし屋さんにわたしました。ぼうし屋さんはそれを、
人さし指の先にのっけて、カチあわせてみると、チンチンと
よい音がしましたので、これは木の葉じゃない、
ほんとのお金だと思いましたので、たなから子ども用の
毛糸のてぶくろをとりだしてきて、子ぎつねの手にもたせてやりました。
子ぎつねは、おれいをいって、また、もときた道を帰りはじめました*9

 

その後、一軒の家から漏れ聞こえてくる人間の親子の語りあいを耳にした子ぎつねは、にわかにかあさんぎつねが恋しくなり、急いで山へ帰っていきます。心配していたかあさんぎつねは子ぎつねをあたたかく迎え、物語は締めくくりとなります。

 

さて、ここで注目したいのは「ぼうし屋」についてのエピソードです。ドアの隙間から差し出されたきつねの手を見た彼は、手渡された2枚の白銅貨が、じつは木の葉であるかもしれない、という疑いの動機をもつことになりました。そこで彼は、2枚の硬貨を打ちつけてたしかめることを思いつきます。そして、「チンチン」と音がするのを聞き、「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」と考え、子ぎつねにてぶくろを手渡します。

 

「ぼうし屋」が子きつねから手渡された白銅貨をたがいに打ちつけたのは、「ほんものの白銅貨であれば、打ち合わせたときに金属音が聞こえるはずだ」と考えたからです。そして、じっさいに硬貨を打ちあわせたときに鳴り響いた「チンチン」という音の知覚は、硬貨がまさしく金属だという彼の確信を条件づけることになります。このような事態を、竹田は次のように説明していました。

 

ひとはさまざまなものを疑いうるが、しかし自分の〈内在的知覚〉によって最終的な確かめを行なったとき、もはやそれ以上事象を疑う術を全く持たないことになる。そしてそうなったときには、疑いの動機そのものが自然に消滅してしまうのである。
 こうして、〈内在的知覚〉こそは、わたしたちがいろいろなものを疑いかつ確かめられることの根拠でもあり〔・・・〕、またそこで確かめの手だてが尽きたなら、疑う動機が生き続けられなくなってしまうような場所だということがわかるだろう*10

 

もう少し考察をつづけることにしましょう。「ぼうし屋」は、白銅貨を打ちあわせるのではなく、噛んでみることによっても、本物の硬貨なのか木の葉なのかをたしかめることもできたはずです。カチリと歯に当たったときに硬さを感じたばあい、やはり彼は「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」と考えるに足る、十分な理由をもつことになったと考えられます。このばあい、硬貨を噛んでみたときに内在的に生じる「硬さ」の感覚は、けっして疑うことができません。そしてこの内在的な知覚が、「これ(=硬貨)は硬い」という「超越」についての信憑を支えていると説明されることになるでしょう。

 

竹田の解釈する「現象学的還元」とは、「これは硬い」のような「超越」に関する信憑をいったん停止し、戦略的に独我論的な立場に身を置いて、「硬さ」の感覚という「内在」的なものだけを認めることを意味していました。それは、「これは硬い」という判断を保留して、「これは硬いように私には感じられる」という内在的に知覚される事実の場所へと立ち戻ることだといってよいでしょう。そのうえで竹田は、内在的知覚は不可疑的であると主張し、同時に、内在的知覚は「超越」に関するわれわれの信憑の根拠となると主張します。

 

しかしながら、この二つの主張は両立不可能であるように思われます。というのは、「これは硬いように私には感じられる」という内在的な知覚の不可疑性は、「これは硬い」という超越的な判断を保留し、いわばそれが本当に硬貨であるかどうかという客観的な事実を問わないことによってはじめて獲得されたものだからです*11。竹田の解釈する「現象学的還元」の手続きは、まさにこのことを意味していました。それにもかかわらず竹田は、「これは硬いように私には感じられる」という内在的な知覚に基づいて、「これは硬い」「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」という信憑が条件づけられていると主張しています。つまり、客観的実在に関する問題にはかかわらないと表明することによって内在的知覚の「不可疑性」を獲得しておきながら、後になって、内在的知覚に基づいて客観的実在についての信憑を条件づけようとしているのです。しかしこれは、空手形を振り出すようなものだといわなければなりません。

 

 「これは机だ」、「これは友人何某だ」、「ここは私の家だ」、「私は東京に住んでいる」。これらの確定は先に見たように現象学的にはすべて〈超越〉である。こういう現実の認識はしかし、ふだんは自明のものだ。ただ、なんらかの理解でそれを疑う必要が生じたとき、わたしたちはいつも必ず〈内在〉に立ち戻ってこれを確かめうる可能性をもっているわけだ*12

 

竹田はこのように述べていますが、こうした彼の目論見は、けっして成功することはありません。すでにわれわれがたしかめたように、彼の「現象学的還元」の解釈は、「超越」についての判断を保留し、独我論的な立場へと立ち戻ることを意味していました。それは、「内在」から「超越」を根拠づける〈権原〉を放棄することで、「内在」の不可疑性を確保する手続きにほかなりません。したがって、還元を経て「内在」の立場に到達した後で、「内在」をもとにして「超越」を条件づけることはもはや許されないことになります。というのも、「これは机のように私には見える」という内在の不可疑性は、「これは机だ」という客観的実在についての真偽とはかかわりをもたないことの代償として獲得されたものだからです*13。このようにして獲得された「これは机のように私には見える」という〈主観的確信の内における正しさ〉は、「これは机だ」といった〈正しさ〉を条件づけることはできないといわなければなりません。

 

ところで、こうした疑義に対して、次のような反論が提出されるかもしれません。すなわち、現象学的還元を経た後には、もはや「これは硬い」あるいは「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」といった〈正しさ〉はそれ自体としては問題とはならない、むしろ問題となっているのは「これは硬いように私には感じられる」という内在的な知覚に基づいて、「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ、と私には感じられる」という内在的な確信を条件づけることであるはずだ、という意見です。「現象学の課題は、世界や事物が実在することの確実性を証明しようとするのではなく、ただ、この確実性の信念がなぜ生じるのかを〈意識〉の構造として明らかにする点にある」*14という竹田のことばも、こうした理解を支持していると考えることができるでしょう。つまり現象学の課題は、還元によって「内在」の領域へと立ち戻り、複数の「内在」がたがいにどのように条件づけあっているかを見定めることだと理解できるように思われるのです。しかしこうした反論は、上で述べたような困難を少しも解決するものではありません。次にこのことを明らかにすることにしましょう。

 

ドアの隙間からきつねの手が差し出されているのを見た「ぼうし屋」は、自分はきつねに化かされているのではないかという疑いのなかへと投げ込まれます。そこで彼は、(竹田の解釈に基づく)現象学的還元を遂行し、「内在」の領域へと立ち返ることで、「これは硬いように私には感じられる」という内在的な知覚を見いだします。そして、この内在的な知覚に基づいて、「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ、と私には感じられる」という内在的な確信へと至ります*15。上で想定した反論を「ぼうし屋」のエピソードに当てはめてみると、おおよそこのようになると思われます。

 

ところで、「ぼうし屋」が還元という手続きによって「内在」の領域に立ち返ったということは、彼は「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」という客観的実在に関する判断を断念し、そのことの代償として、「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ、と私には感じられる」という不可疑的な確信を獲得したことを意味します。ところが、このように考えるならば、彼が子ぎつねにてぶくろを手渡すという行為は、まったく合理性を欠くものになってしまうのです。というのは、彼は還元によって、子ぎつねの差し出した白銅貨が本物かどうかという客観的実在についての真偽は問題にしないことをみずから認め、しかも同時に、本物の白銅貨の場合にのみ交換におうじるのでなければならないはずのてぶくろを、子ぎつねに引き渡してしまっているからです。

 

ひとは、何らかの信念に基づいてべつの信念を根拠づけるのみならず、何らかの信念に基づいて行為する存在でもあります。「これは(=硬貨)硬い」という信念は、「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」というべつの信念を根拠づけるとともに、客にてぶくろを引き渡すという合理的な行為を支えています。ある信念の〈正しさ〉に拠ることで、われわれはこの世界に参与し、実践的に振る舞っているのです。子ぎつねにてぶくろを手渡すという「ぼうし屋」の行為が合理的であるのは、彼が「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ」という客観的実在に関する判断の〈正しさ〉に拠って行為しているからにほかなりません。これに対して、「これは木の葉じゃない、ほんとのお金だ、と私には感じられる」という〈主観的確信の内における正しさ〉が、子ぎつねにてぶくろを手渡すという「ぼうし屋」の行為の合理的な〈権原〉にはなりえないことは明らかです。

 

竹田は、「現象学的還元」とは方法論的に独我論の立場をとることだと解釈しています。それは、こうした〈正しさ〉から退却して、単なる表象の〈主観的確信の内における正しさ〉を守ろうとする試みだといえます。しかし、まさにそのことによって彼は、みずからの信念の〈正しさ〉に依拠して世界に参与する〈権原〉を、みずから放棄しているといわなければなりません*16。竹田の「現象学的還元」の解釈に含まれているとわたくしが考えている問題は、このことにほかなりません。

 

そしてこの問題は、竹田のポストモダン思想に対する批判に対しても当てはまります。彼は、デリダをはじめとするポストモダンの立場の思想家たちによるフッサール現象学批判を「先構成的批判」と呼び、それに対する反論をおこなっていました。「先構成批判」とは、簡単にいうと次のような主張を意味します。すなわち、還元によって確保される純粋意識は、いっさいの認識の絶対的な源泉であるとフッサールは考えていたが、じつはそれを可能にしている先行条件が存在するのではないか、というものです。次の文章は以前も引用したものですが、もう一度竹田の主張をたしかめておくことにします。

 

 われわれの「意識」が、「身体」や「情動」といった下位の層から支えられていることは誰もが感じていることであり、ある意味で自明である。そこで、一般的な表象としては、誰も、「意識」を支えそれを“可能にしているもの”としての「先構成的」諸相、つまり「身体」「情動」「言葉」「無意識」「関係」「制度」などを指摘することができる。このような根拠関係の表象から、〈内在意識〉こそ絶対的な根源であるという主張に対して、否、「身体」「情動」「無意識」「時間」「言葉」こそ、「意識」を“可能”にするののであり、したがって、「身体」「情動」「無意識」「言葉」といった根源性を、「意識」が絶対的に内省し把握することはできない、と主張することはむしろ容易である*17

 

たとえば彼は、『声と現象』においてデリダが展開したフッサール批判を、次のように要約しています。

 

デリダ的な言い方では論理上〈主観-客観〉図式がどのように処理されていることになるかを考えてみよう。
 彼の論理の基本骨格はこのようになる。「現前がなければその再現前(=さっきの表象)は生じない。しかし再現前がなければ現前も成立しない」。これを〈主‐客〉図式に翻訳してみる。「主観がなければ客観は認識できない、しかしそもそも客観が存在しなければ主観は成立しない」。
 なかなかうまい言い方だが、この言い方に含まれている前提はただひとつなのである。その前提とはつまり、まず(=あらかじめ)〈主観〉と〈客観〉が存在している、ということである。要するに彼は、〈主観と客観〉の問題を、「ニワトリが先かタマゴが先か、誰にも言えない」というかたちで論理上処理しているにすぎないのだ*18

 

このように竹田は、デリダの「先構成批判」はレトリック上の問題にすぎないと指摘したうえで、フッサールを擁護しつつ次のような主張を展開します。

 

 これに対して、フッサールの考えを突きつめて言うとこうなる。〈主観〉と〈客観〉という二項対立の問題は、ニワトリが先かタマゴが先かというレトリック上の先構成の問題ではありえない。現象学ははっきりと、〈客観〉から〈主観〉を説明することはできないが、〈主観〉から〈客観〉を説明することは可能であることを明らかにする。その理由はつぎの点にある。
 〈主観〉と〈客観〉という二項は、ニワトリとタマゴのような等価的=対称的関係をなしているのではなく、むしろ非連続的=非対称的な関係であり、かつあくまでひとつの不可逆的な(つまり〈主観〉→〈客観〉という一方通行的な)〔中略〕関係として存在するからである。
 〈主観〉は、自分の認識が〈客観〉と一致する証拠をつかむことで〈客観〉の実在を確信するのではない。〈主観〉は自己の外に出られないから原理的にこの証拠を得られない。とすれば、むしろ〈主観〉は自己のうちに、自己の自由にならないある対象(=「原的な直観」)を見出し、これによって自己の「外側に」自己ならざる何ものかの存在(実在)を信じないわけにいかなくなるのだ。これがフッサールの謎解きの骨子だった*19

 

しかし、こうした竹田の主張に問題を孕んでいることは、上で見てきた通りです。むしろわれわれは、みずからの抱く信念の〈正しさ〉に拠ることで、この世界に実践的に参与しています。竹田は、彼の解釈する「現象学的還元」という手続きによってそうした〈正しさ〉から退却すると表明し、そのことと引き換えに〈主観的確信の内における正しさ〉を手にしました。こうして彼は、「内在」の領域不可疑性を主張しうるようになります。しかしそれは、「超越」の〈正しさ〉から手を引くことによって得られたものであることが忘れられてはなりません。不可疑的な「内在」の領域へと立ち戻り、同時に「内在」に基づいて「超越」を条件づけようとする竹田現象学のプロジェクトは、破綻をきたしているといわざるをえないように思います。

 

*1:竹田『現象学入門』42頁

*2:竹田『現象学入門』80頁

*3:竹田『現象学入門』50頁

*4:渡辺二郎訳『イデーン I-1』(みすず書房、1979年)117頁

*5:竹田は、「現象学がめざすのは、確信一般の「不可疑性」の根を求めることである」と述べています(『現象学入門』94頁)。

*6:竹田『現象学入門』73頁

*7:竹田『現象学入門』215頁

*8:フッサールが〈内在〉と呼ぶのは、〈知覚〉におけるこの“内在”的な感覚体験、ひとがそのように感じたという初源的な事実性のことである」(竹田『現象学入門』93頁)と竹田は述べてます。たとえばわれわれは、目の前の赤いものを見て、「リンゴだ」と考えます。しかしそれが疑いの余地なく本物のリンゴであるかどうかはわかりません。本物のリンゴにそっくりにつくられた、プラスチック製のオモチャかもしれないからです。しかし、私がそれを見て「丸い感じ」や「つやつやした赤い感じ」を体験したことは、けっして疑いえないと竹田はいいます。そして、われわれの日常的な体験のなかには「可疑的」な側面と「不可疑的」な側面があり、前者を「超越」、後者を「内在」と呼んでいます。

*9:新美南吉『てぶくろをかいに』(金の星社、2005年)24頁

*10:竹田『現象学入門』97頁

*11:『経験論と心の哲学』において、感覚与件に依拠する経験論の立場に見いだされる「所与の神話」を批判したウィルフリッド・セラーズは、「……である」という言明と「……に見える」という表象に関する言明について検討をおこない、後者は前者に含まれている是認を保留することでもたらされたものであることを明らかにしています。

*12:竹田『現象学入門』101頁

*13:こうした竹田の現象学的還元の解釈は、黒田亘がA・J・エアを批判しつつ論じている「現象論的エポケー」(黒田亘『経験と言語』(1975年、東京大学出版会)8頁)の問題が、そのまま当てはまるように思われます。

*14:竹田『現象学入門』215頁

*15:ここでは、内包的文脈に固有の問題について一般的なかたちで議論をおこなうことは差し控えることにします。

*16:なおわれわれは、竹田の「現象学的還元」の解釈にターゲットを絞って批判的検討をおこなってきました。ここで見てきたような問題がフッサールそのひとの思想に当てはまるのでしょうか。この問題に関しては、論者によって見解が分かれています。たとえば倫理学者の加藤尚武は、フッサールを基礎づけ主義者とみなし、批判をおこなっています。彼の現象学理解の要諦は、次の文章に示されています。「心の内側に入ってくるものを調べることによって、知識の組み立てを明らかにすることが出来るかもしれない。だから内観という方法で、外からくる感覚的な知識と前からいるアプリオリの知識と、それぞれの本質を明らかにすればいいという考え方が出てくる。これはしばしば現象学的方法と呼ばれる」(加藤尚武『進歩の思想 成熟の思想』(講談社学術文庫、1997年)286-287頁)。加藤はフッサール現象学を「方法的独我論」と特徴づけているわけではありませんが、フッサール現象学を基礎づけ主義と理解している点は、竹田と同様です。しかし、竹田がこのように理解されたフッサールの思想を肯定的に評価するのに対して、加藤は「基礎づけという形の哲学のあり方は、不可能だという学説には強い説得力があるのに、いまでも基礎づけをするのだと「基礎づけ」という観念に居座っているのが現象学である」(加藤『進歩の思想 成熟の思想』288頁)という批判的な評価をくだしています。他方、現象学の研究者である門脇俊介は次のように述べて、こうしたフッサール解釈に反論しています。「フッサール現象学についての最大の誤解の一つは、いわゆる「純粋意識」への「現象学的還元(phänomenologische Reduktion)によって外界の実在からの混じりけなしの意識への現れや表象が獲得され、それによって基礎づけ主義の20世紀的なプロジェクトが完成されたとするものである。〔・・・〕フッサール自身が、自らを基礎づけ主義のプロジェクトの推進者の一人だとみなしていたことを、否定するつもりはない。しかし、知覚的経験とその志向性についてフッサールが探究した跡を追うことによって分かるのは、フッサール現象学が表象語法の強力な反対者であり、むしろ知覚的経験における真理と誤謬の両価性の現象を積極的に認め、知覚をそれ独自の規範的な「理由の空間」に位置づけようとする試みだということである」(門脇俊介『理由の空間の現象学―表象的志向性批判』(創文社、2002年)34頁)。

*17:竹田『完全解読フッサール現象学の理念」』234頁

*18:竹田『現象学入門』180-181頁

*19:竹田『現象学入門』181-182頁

竹田青嗣の現象学と欲望論を読み解く (8)

前回は、竹田がフェミニズムからの問題提起に対してどのようなスタンスをとっていたのかということを見てきました。そこでのねらいは、具体的な局面を設定することで、ポストモダン思想などによる「先構成批判」に対して竹田がおこなっている反批判の問題点を明らかにするための準備をすることでした。また、同じような意図から、竹田と同様に実存的な立場に立ってフェミニズム批判をおこなっている小浜逸郎の議論を概観しておきました。今回は、小浜とフェミニズムの間でなされた論争を見ていくことで、彼の実存主義的な思想が抱え込んでいるのではないかと思われる問題について考えてみたいと思います。

 

社会学者の浅井美智子は、小浜の「エロス的関係」*1という概念が吉本隆明の「対幻想」を現象学的な観点からとらえなおしたものだと指摘し、これに対する批判をおこなっています。彼女は、「結局、「エロス的関係」というのも、母性幻想に収斂するような彼個人の「実感」でしかないことがわかる」*2といい、小浜の「実感信仰」を批判するのですが、まずは、彼女が批判の対象にしている小浜の議論を確認しておきましょう。

 

小浜は、「たとえば家庭内で、妻が家事・育児にてんてこまいをしているかたわら、夫がなすこともなくタバコをふかしていたりぼんやりテレビを見ていたりする場合、あるいは共稼ぎなのに家事・育児の負担が妻の方に過重にかかってしまうような場合、それを〈差別〉と呼ぶべきだろうか」*3と問いかけ、次のように述べています。

 

可能性としての家族

可能性としての家族

 

 

しかしエロス的な生活過程というのは、対の関係の特殊な相互了解によって作りあげられるさまざまな局面の永い一連の過程の全体であるから、そこだけをとりだして現象的不平等をあげつらってみても、どうもそういう一般的定式で片づくものでもないという気持ちがはたらく。家では何もしない亭主というのがいても、もし女房が別にそれで自分たちの関係はいい(あるいはしかたない)と思っているのだったらいいではないか、と言いたくなるのである*4

 

またべつのところでは、小浜は次のような例をあげています。

 

 古い言いぐさに、男は三人の「ママ」をもつというのがある。母親、女房、そしてバーのママである。日本の男のマザコン性や甘ったれ根性やだらしなさを嘲笑するために作られたようなこの表現は、それだけで男に対して、「もっとしっかりしなくちゃ」という強迫観念や、逆に「しょうがねえもんだな」というあきらめ感を喚起する。〔・・・〕
 しかし、よくよく考えてみると、ある男が社会的にきちんと一人前でありつつ、男であるがゆえに「母性」をどこかで求めているとしたら、その事実は、性愛関係にとってそれほど悪いことであろうか。私はそう思わない。相手の女が男のこの求めを無意識的によく察知して、いわゆる「母性本能」をくすぐられ、それを媒介として性愛関係のうまいかみ合いが成立するなら、この〔・・・〕関係のあり方それ自体は、祝福されるべきことでありこそすれ、何ら非難されるべきことではない。闘い疲れて女の元にやってきた男が女の優しいねぎらいによって癒しを得られ、そのことに感謝して男のほうもその女の人格を尊重する感情を高め、かつ優しく振る舞うことを忘れないとすれば、それはいい関係ではないか*5

 

浅井はこうした小浜の議論に対して、「個別男女の対の関係において、女が男の母親をやってしまうのは勝手だが、この論の行き着く先が「女性が甘え、男性がミエをはる」というような男女関係の容認であ」*6るということを指摘したうえで、次のように述べます。

 

このような言説にフェミニストが怒るのは当然としても、一男性の抱く個別対幻想の一般化は、現にある抑圧(女は社会で男にいばられ、家庭で夫という子どものわがままに抑圧される。そして、男は社会で「男である」というミエに脅迫され、家庭においては母性を幻想するがゆえに妻に搾取される)を保持強化することに加担するのである*7

 

浅井は、主観的な確信にすぎない「実感」を思想的な足場にする小浜の主張に対して、上野千鶴子吉本隆明批判*8を参照しながら、「「実感」自体は歴史的・文化的につくられたものであり、それはゆがめられたものであるかもしれない」*9ことを指摘します。そのうえで、「自分が何故そう感じてしまうのかということと、相手が自分と違う感じ方をしているときに相手が何故そう感じてしまうのかということを、徹底的に問い直す」*10ことが必要だと主張しています。

 

こうした浅井の小浜に対する批判は、はたして的確なものといえるでしょうか。なるほど小浜は、みずからのエロス的な心の感得のありようを見つめることで、男女のあり方の〈本質〉的な差異を明確なことばにもたらそうとしているという意味では、「実感信仰」の立場だといえなくもありません。たとえば小浜は、「産む性」としての女の〈本質〉について、次のように語っています。

 

 子どもを産むということは、私の想像では、自分のエロス的な生活の時間の目盛りを、うんと長い未来にまで延長し、しかも同時にその性的な行動の領域をきわめて具体的な形で限定して見せることにつながってくると思う。自分の人生について彼女はあるイメージをもってしまい、自由で不安定な状態にとどまることの可能性が自然と狭められる。授乳と養育に駆りたてられるのは、単に機能的な必要性の観点からそうなるのではなく、彼女の心身そのものが大きな方向性を受け取ってしまうからそうなるのである。彼女は、自分が主人公である、長い物語を与えられたのである*11

 

だから、「女は自分が女であることのアイデンティティの危機を経験することが相対的に少ない」*12と小浜はいいます。これは、子を産み育てていく長い時間が、「女」であることのアイデンティティを規定しているということにほかなりません。

 

他方で小浜は、「男には、自分の未来時間の長い射程を、自分のエロス的な身体のあり方を軸として、一定の分節をもって物語化していけるような条件が与えられていない」*13といい、次のように論じています。

 

 彼にとって、個別愛が成立する可能性は、自然なものよりも、むしろ後から観念として作られる倫理性のほうに大きくかかっている。男が一人の女のまえで、長い間彼女にとっての男であるためには、それこそ「男のなんとか」とか、「それでこそ男だ」などと形容されるような、一種気取った意識的な「決意」のようなものが要求されてくるのである。
 これらの「決意」のようなものは、本当は時間的空虚の穴埋めにほかならない。つまりそれらは、長い人生時間を通じて男であることのアイデンティティを保持することがいかに危ういものであるかという事実を逆説的に証明する材料以外の何ものでもない。もともと女との濃密なエロス的時間を共有していないときの男というのは、自分が男であることを確認する手立てなどもっていないのである*14

 

そのうえで小浜は、長い人生時間を通じて「男」としてのアイデンティティを保持することのできない男性が、彼の人生のとぎれた時間を埋めあわせようとして、社会的な領域におけるアイデンティティの獲得へと向かったのではないかと主張します。つまり、「男のセクシュアリティの特性と、彼が社会的な(それゆえある場合には権力的な)生き方を人生の主要部分としてしまうこととの間には、なかなかに超え難い関連性がある」*15というのです。

 

自己のうちにおける実感に基づいて男女のあり方の〈本質〉をきめつけるような言説に対して、フェミニズムはくり返し批判をおこなってきました。その際、現在の社会において当然視されている実感は、じつは特定の社会や文化のなかで構成されたものにすぎず、動かすことのできない〈本質〉ではないということが指摘されます。しかし小浜は、そうした批判について、「私は常々、こういう論理の出し方にうさんくさいものを感じてきた」*16と述べます。

 

もしも小浜が、彼の個人的な実感を無反省に人類にとって普遍的なものであるかのように論じているのであれば、そうした実感が歴史的に「作られた」ものにすぎず、けっして普遍的なものではないと指摘することは、有効な反論になりえたでしょう。しかし小浜の立場は、こうした素朴な実感信仰とは一線を画しています。彼の著作のなかには、たとえば次のような文章を見いだすことができます。

 

 一般に、フェミニズムに象徴される現代の知性の一つのパターンとして、これこれのあり方は、歴史的に作られ、仕組まれてきたにすぎないといったことをことさらに強調するやり方がある。たとえば、「専業主婦」は近代になって初めて登場した、といったたぐいの指摘がそれである。
 しかし、この種の認識はたかだか相対的にしか正しさをもっていない。それを、絶対の真実であるかのように思い込ませるものは、現在の枠組を是が非でも変えなくてはならないと思っている実践的な関心と欲望である。つまり、現在自然と思われていることがいかに根拠の浅いものであるかということを証明して見せなくてはならない、というように、この実践的知性は働くのである。真実がまずあるのではなく、関心と欲望にしたがって真実らしいものがセレクトされ、絶対的真実のアクセントを打たれるにすぎないのだ*17

 

研究者たちはこれまで、従来われわれが当たり前だと思っていた男女のあり方が、じつは一定の歴史的・社会的な条件のもとで形成された、特殊な「制度」にすぎないということを、次々に明らかにしてきました。しかし人びとは、ただそれらの研究成果を知っただけでは、これまで疑うこともなく当然視してきた「制度」を問いなおし新たな「制度」の実現に向けて積極的に活動をおこなうようになるわけではありません。実証的な研究の成果は、ただの歴史的な事実の提示にすぎないのです。ひとがそれらの研究において従来の社会のあり方に反省を迫るようなインパクトを認めるとき、彼は実存的な主体である自己のうちに見いだされる「実践的な関心と欲望」に依拠しているはずだと小浜は主張します。

 

 私たちを驚かす歴史的文化人類学的な現実がまず厳然として存在するのではない。私たち自身の現実に対する私たちのある感情的負荷をともなった視線が、歴史的文化人類学的な実証成果を取り巻き、そのことによって初めてそれらは実践意志的な言説のなかに、ある拡大率をかけられ、またそれらがともなっていたに違いないひどさ、体験的辛さ、他のきつい掟などとの不可分の連関性などを捨象されて引き入れられるのである*18

 

こうした小浜の立場を「素朴な実感信仰」と呼ぶことは、適切ではありません。たしかに彼は、実存のうちにおいて見出されるエロス的な感得、すなわち実感に依拠しています。しかし、そうした実感は歴史的・社会的に「構成」されたものだという批判によって、彼の立場を否定し去ることはできません。そのような批判に対して小浜は、既存の制度は歴史的・社会的に「構成」されたものにすぎず、変更することができるし、また変更するべきだと主張する者たちも、彼ら/彼女らの「実感」に基づいて、そうした主張をおこなっているはずだと切り返すことでしょう*19。このような小浜の立場を、「素朴な実感信仰」と区別して、「反省的・自覚的な実感信仰」と呼ぶことができるかもしれません。

 

すでに見たように浅井は、実感に依拠する小浜の立場を批判して、「自分が何故そう感じてしまうのかということと、相手が自分と違う感じ方をしているときに相手が何故そう感じてしまうのかということを、徹底的に問い直す」ことを求めていました。しかし、「素朴な実感信仰」ではなく「反省的・自覚的な実感信仰」の立場に立つ小浜は、こうした反省をおこなうことの必要性を認めたとしても、みずからの立場を修正する必要はないと考えるでしょう。

 

いかなる学問的な言説であっても、その妥当性を認めたり、そこに何らかの意味を見いだすのは、私たちの実践的な欲望や関心なのであって、あらゆる言説はそうした実存的な地盤のうえにおいてのみ成り立つはずだ、というのが小浜の主張でした。およそ誠実な思想家であれば、他者からの批判を受けた際に、改めてみずからの主張を検討しなおそうとする実存的な動機をもつはずです。浅井は小浜に対して、みずからの実感を徹底的に問いなおすことを要求していますが、このことは彼女に指摘されるまでもなく、思想家としての小浜自身の実存的な動機に基づいておこなわれているはずだと考えられるでしょう。

 

また、仮に小浜が、自身のこれまでの主張よりも批判のほうに妥当性を認めざるをえないと判断したとすれば、今度もやはり彼自身の実存的な動機に基づいて、これまでの主張を改めることになるでしょう。そしてこのことは、「反省的・自覚的な実感信仰」の立場に立つ彼にとっては、「転向」でも「変節」でもありません。彼がみずからの実存的な地盤に基づいて発言をおこなっているという点には、いささかの変更も加えられていないからです。フェミニズムからの批判の妥当性を認めた彼は、「反省的・自覚的な実感信仰」の立場を少しも変更することなく、みずからの実存的な感得に依拠して、この社会のさまざまなところで目にする男女の非対称的な関係性を告発し、そうした差別をみずからの「実感」に基づいて温存しようとする論者たちに対して立ち向かっていくことになるでしょう。

 

さて、小浜の「反省的・自覚的な実感信仰」の立場をこのように理解できるとして、われわれは彼のフェミニズム批判の正しさを認めなければならないのでしょうか。たしかに彼の立場は単なる「素朴な実感信仰」の問題点を克服しており、その主張には相当な説得力があるように感じられます。しかし、ここにはなお、一つの重要な問題がひそんでいるように思えます。それは、みずからの実存的な確信に依拠して既存の社会制度に対する抗議の声をあげるというとき、彼の「実感」はその抗弁を支えるような〈権原〉となることができるのか、という問題です。

 

たとえば、何らかの差別がおこなわれている場面に直面したとき、ひとは許せないという実感を抱くことがあります。しかし、ここで考えておかなければならないのは、差別に対して抗議の声をあげるとき、彼はみずからの主張の〈正しさ〉に依って抗議の声をあげるのであって、みずからの主張の〈主観的確信の内における正しさ〉に依って抗議の声をあげるのではないということです。彼は、「差別をなくすことが正しいから、この社会は変革されなければならない」と主張するのであって、「差別をなくすことが正しいと私が確信しているから、この社会は変革されなければならない」と主張するのではありません*20

 

しかし、あまり先を急がず、ここで提出しようとしている問題が、どのような問題「ではない」のか、少し検討しておくことにしましょう。まず確認しておかなければならないのは、小浜や竹田の考えるエロス原理は純粋に個人的な快/不快に限定されるものではなく、むしろ社会的なひととひととのつながりのなかにエロス的な満足を見いだすことを積極的に論じていたということです。だから、もしわたくしの感じている疑問が、「エロス原理は個人的な快/不快にすぎず、社会的な連帯の根拠とはなりえないのではないか」ということであったとすれば、それはまったく当たらないということになるでしょう。

 

またわたくしは、「社会的な連帯をエロス原理に帰着させる小浜らの主張は、ひとは誰しもエゴイストであるという、人間性の本質を矮小化するような考え方なのではないか」といったことを問題にしたいのでもありません。たとえば、マザー・テレサキング牧師といった偉人たちが、その活動のなかで大いなる使命感とともにある種の充実感を感じていたということは、ありそうに思えます。しかしだからといって、彼らは個人的な快を求めて活動していただけだ、というべきではないでしょう。そして、竹田も小浜も、けっしてこのような主張をしていたわけではないように思われます。彼らの提唱するエロス原理は、偉人たちの崇高な理念に基づく活動を利己的な欲望に帰着させるものではありません。むしろ彼らの考えるエロス原理は、まったくの利己的な欲望から、崇高な理念に基づく使命感まで、広くカヴァーする概念だと理解するべきです。だから、もし竹田や小浜のような実存の立場に依拠する論者が、差別を撤廃しようとする人びとはみずからの実存的なエロス原理に基づいてそうした活動をおこなっていると述べたとしても、彼らを卑小なエゴイストに貶める発言だと理解してはならないでしょう。

 

しかし、実存的なエロス原理に依拠する小浜の立場がこれらの問題を見事にクリアしていることを認めたとしても、なお彼に対して向けられるべき問題が残っているように思われます。それは一言でいえば、実存的なエロス性が論議的な(diskursiv)意味における〈妥当性〉をもちうるのか、ということです。

 

小浜のような立場においても、他者とのつながりのなかで実存的なエロス性を感得することは認められるでしょう。この社会は変革されなければならないと主張するひとは、必ずしも彼/彼女の利己心の満足を追求してそうした主張をおこなっているわけではありません。しかし、そうした彼/彼女のエロス的な感受性を見つめそれを明確にことばへともたらすことができたとしても、それによって社会を変革し差別をなくすべきだという主張の〈妥当性〉の根拠が示されたと考えることはできません。単なる主観的な事実としての彼/彼女のエロス的な感得は、当の主張を他の人びとに説き彼らを納得させるための〈権原〉になりえないのです*21

 

小浜のような「反省的・自覚的な実感信仰」の立場では、あらゆる言説の妥当性や意義はみずからの実存的な地盤の内にその根拠をもっていると考えられていました。したがって、彼が何らかの差別に対して抗議の声をあげるとき、彼はみずからの主張の〈正しさ〉に依拠することはできず、みずからの主張の〈主観的確信の内における正しさ〉に依拠するのだと考えなければなりません。しかし、〈主観的確信の内における正しさ〉は、他者に向けてその主張をおこない他者を説得する力をもつような、論議的な場面においての〈権原〉とはなりえないのではないでしょうか*22

 

さて、今回は小浜とフェミニズムの間の論争を手がかりにしながら、彼の実存的な思想的立場が抱え込んでいる問題を指摘しました。そしてわたくしの考えるところでは、この問題はフッサールの超越論的現象学の構想とけっして無関係ではありません。フッサールが心理学主義と論理学主義の隘路をくぐり抜けようと格闘していたときに直面していたのは、単なる〈主観の内における妥当性〉に尽きることのない超越論的な〈妥当性〉をどのようにしてみずからの哲学のなかに位置づけるのかという問題でした。竹田のフッサール解釈が孕んでいる問題は、こうしたフッサールの意図をとらえそこねてしまっていることにあります。とくに彼の超越論的還元の解釈は、論議的な意味における〈妥当性〉を主観の領域の内に閉じ込めてしまっているように思われます*23

 

そこで次回は、今回の議論を踏まえたうえで竹田のフッサール解釈を検討し、そこに含まれている問題について考察をおこなうことにします。

 

*1:小浜は『可能性としての家族』(ポット出版、2003年)のなかで、「エロス的関係とは、特定の人間個体をまさに特定の人間個体として気にかける関わりのあり方のことである」(小浜逸郎『可能性としての家族』(ポット出版、2003年)と定義し、特定性に依存しない人間関係である「社会的関係」と対立する概念だと述べています。こうした小浜の「エロス的関係」は、人間相互の関係はもちろん人間以外の対象への「気遣い」をも含むような竹田の「エロス的原理」に比べると非常に狭い範囲においてのみ適用されるものだということができるように思えます。ただし詳細に小浜の主張を検討すると、必ずしもそのように断言することができないのも事実です。小浜は、竹田との対談のなかでみずからのエロス概念と竹田のそれとの違いに触れて、「たとえば、ここに美しい茶碗があり、それに美的に魅かれエロスを感じる場合にも、それは本当は対人的な、対人関係として捉えられたエロスからのひとつの派生形態である、という考えかたをしたくてしようがないところがぼくにはあるんです」(竹田・小浜『力への思想』68頁)と述べています。この発言は、小浜の考えるエロス的関係が、実存のうちで人間関係を基礎とする発生的なプロセスを経て、より広範な範囲にまでその影響が及んでいくようなものとして理解されていることを示しているように思われます。ただここでは、ともに実存的な関心に基づくという点で、竹田と小浜の立場がきわめて近いところに位置していることをたしかめるにとどめ、これ以上両者のエロス概念の差異に立ち入ることは控えることにします。

*2:浅井美智子「〈近代家族幻想〉からの解放をめざして」(江原由美子編『フェミニズム論争―70年代から90年代へ』(勁草書房、1990年)所収)111頁

*3:小浜『可能性としての家族』249頁

*4:小浜『可能性としての家族』249頁

*5:小浜『エロス身体論』177-178頁

*6:浅井「〈近代家族幻想〉からの解放をめざして」111-112頁

*7:浅井「〈近代家族幻想〉からの解放をめざして」112頁

*8:なお、浅井が批判するように、この対談における吉本隆明の主張には、たしかにみずからの「実感」に基づいて発言しているところが見られますが、彼を立場を小浜のような実存主義的な立場と同一視することはできないし、吉本に対する上野の批判も、小浜に対する浅井の批判と同一視することはできません。この論文における浅井の吉本への批判的言及には、そうした点が見落とされており、吉本の思想はもちろん、それに対する上野の批判の射程も適切にとらえているとはいえないように思います。もっとも、竹田や小浜らが吉本の思想をみずからの実存主義的な立場に引き付けて理解しようとしていたことは事実であり、また、竹田や彼に近い立場に立つ加藤典洋ポストモダンの立場に立つ思想家たちのあいだでなされた論争では、吉本の思想をどのように評価するかということが重要な焦点の一つになっています。ここでは、この論争に立ち入ることは控えますが、いずれくわしく論じてみたいと考えています。

*9:浅井「〈近代家族幻想〉からの解放をめざして」111頁

*10:吉本隆明全対談集 第9巻』(春秋社、1988年)154頁

*11:小浜『男はどこにいるのか』122頁

*12:小浜『男はどこにいるのか』123頁

*13:小浜『男はどこにいるのか』122頁

*14:小浜『男はどこにいるのか』123頁

*15:小浜『男はどこにいるのか』128頁

*16:小浜『男はどこにいるのか』107頁

*17:小浜『男はどこにいるのか』26-27頁

*18:小浜『男はどこにいるのか』107-108頁

*19:とはいえ小浜の著作のなかには、「力ある存在としての「男」、優美な存在としての「女」という文化象徴的な差異は、ちゃんと自然的根拠を持っているのであり、その基本線は今後も転倒するような変化を被ることはないし、解消させるべきでもない」(小浜逸郎『「男」という不安』(PHP新書、2001年)22頁)、あるいは「男がより多く社会で仕事をし、女がより多く家庭のことにかかわるという歴史的なパターンは、壊さなければならない「旧弊」ではなく、男女の自然的、生理的な相違に見合った意義深い基本形であると考えられる」(小浜『「男」という不安』49頁)といった、生物学的決定論に与していると見られるようなことばがあることも事実です。ただしここでは、小浜の議論の細部に立ち入って検討することが目的ではないので、これらの発言について論じることは控えます。

*20:むろんわたくしも、フェミニズムが「自由」や「平等」といった、近代において普遍的な価値とされてきた理念に対する鋭い問題提起をおこなってきたことを知らないわけではありません。とくにラディカル・フェミニズムと呼ばれる潮流においては、こうした理念が女性たちの解放のための武器を提供する一方で、女性たちを抑圧する装置として働いてきたことを暴き出してきました。たとえば江原由美子は次のように述べています。「問題なのは、「自由」や「平等」という言葉ではなく、その言葉を使用して、人びとが行なう行為なのであり、その言葉の使用法なのである。一つ一つの理念としては女性たちもその価値の正当性を認め、自己の権利を主張するために使用可能ですらある理念は、その理念の使用法において暗黙に女性主体を適用外においたり、考慮しないことによって、結果的に男性中心主義的使用になってしまうことがありうる」(江原由美子『ラディカル・フェミニズム再興』(1991年、勁草書房)27頁)。それゆえ、ここでわたくしが〈主観的確信のうちにおける正しさ〉と区別して用いた〈正しさ〉についても、そうした普遍的な理念を個人が標榜し、それを盾にとって社会の変革を導こうとすること自体が、ある種の政治的な振る舞いであることを冷静に見抜くような視線が求められることになるでしょう。しかしながら、小浜のフェミニズム批判に応答するためには、いったん防御ラインを引き下げて、彼が〈正しさ〉と〈主観的確信のうちにおける正しさ〉を混同していることを指摘するという仕方で迎え撃つことが有効なのではないかと考えます。なお江原は、「自己定義権と自己決定権―脱植民地化としてのフェミニズム」という論文のなかで、「近代」を「未完のプロジェクト」ととらえるハーバーマスの立場と、彼の主張するコミュニケーション的合理性のような近代性そのものに問題を見いだそうとするドロシー・スミスやキャロル・ギリガンの立場のあいだに横たわる矛盾を解きほぐそうとする試みをおこなっています。そこで彼女がくだす結論は、次のようなものです。「スミスやギリガンが問題化したのは、意図における普遍性や合理性や客観性や公正性などの価値ではなく、そうした価値に基づく実践としてなされる発話や行為がもつ、具体的な場に対する具体的効果であった。彼女たちの普遍主義批判は、このような効果のレヴェルにおいてなされているのであり、普遍主義に基づくとされる判断や認識が、実際に具体的な場においていかなる結果をもたらすのかを問題にしたのである。だからこそ、彼女たちは、感情的・具体的・主観的なものの擁護の側にたったのだ。フェミニズムの知識批判は、確かに近代性批判としての側面をもっていた。けれどもそれは、意図あるいは価値観のレヴェルにおける近代主義批判としてよりもむしろ、それらの意図あるいは価値観に基づくとされる行為が、具体的な場にもたらす効果のレヴェルにおけるものとして、展開されているのである」(江原由美子フェミニズムパラドックス―定着による拡散』(2000年、勁草書房)147頁)。こうした江原の考察は、小浜のフェミニズム批判にひそむ問題を明らかにするための重要な視点を示しているように思います。

*21:現代のドイツの哲学者であるカール=オットー・アーペルは、フッサールの哲学をデカルト以来の「方法的独我論」の系譜に含めたうえで、彼の提唱する「超越論的語用論」の立場から、その問題を指摘しています。「このことをさらに徹底して考えると、このように言うことすらできよう。すなわち、(デカルトの場合でもすでにそうであったが)、フッサールは彼の自我意識が不可疑的なものであるということを、理解可能であり彼にとっては妥当と思われる形で意識化する。しかし、フッサールがこのようなことを彼の意識のうちで行なうことすら、それが可能であるのは次の場合だけである、と。つまり、彼が右の洞察を、常に超越論的言語ゲームの枠組みの中での論証としてあらかじめ定式化し、それによって右の洞察を、理想的なコミュニケーション共同体の代表としての自分に対して妥当するものにすることができる、という場合だけである、と。」(カール=オットー・アーペル著、宗像恵、伊藤邦武訳「知識の根本的基礎づけ―超越論的遂行論と批判的合理主義」(ガーダマー、アーペルほか著、竹市明弘編『哲学の変貌』(2000年、岩波書店))242-243頁)。

*22:なおここでは、〈主観的確信の内の正しさ〉と〈正しさ〉を区別しました。しかしこのことは、われわれの実存とはまったく無関係にそれ自体として存在する〈正しさ〉をイデア的な実体として認める形而上学的独断に身を委ねることを意味するわけではありません。ここではその詳細に立ち入って議論を展開することはできませんが、超越論哲学の創始者であるカントの言い回しを借りて、〈正しさ〉は主観的確信〈をもって〉成立するのだとしても、主観的確信〈から〉生じるのではないと簡単に述べておきます。

*23:竹田現象学におけるこうした問題は、廣松渉が竹田との対談のなかで指摘しています。 

竹田 超越という概念はぼくの理解では、外に何かがあるという信憑が内に生じるということなんですね。つまり、外に出てそこにあるものを確認するということではないわけです。だから、意識の外に何かがあるという確証は主観・客観の一致ですけども、そういうことを言わないということです。
廣松 竹田さんの本にも書いてあることで分かります。だけどね、その信憑だけだったら妥当と言えないと思うんですよ、先ほどのゲルテンという意味での妥当ですが。〔・・・〕自分の意識のなかでこれは対象だと見なすというのがいくらあっても、それは超越的対象にかかわってないですから。信じるということでもって独我論でないという立場宣言をしている、それはそうだと思うんですよ。だけども、ただ信じてるだけでは独我論の外に出たことにはならないわけです。
竹田 ぼくは信憑とか確信の条件というかたちで問題を解いたからそれを妥当と呼ぶのだと思います。そうでなければ、妥当は外と内の一致だということになりますね。するとどういうかたちになると、独我論の外に出たことになるかよく分からないわけです。
廣松 ぼくが主観・客観図式を廃絶せよと言っているのは、そういう問題が出てくるような地平的パラダイムを超克せよということなんでしてね。(『竹田青嗣コレクション4 現代社会と「超越」』288-289頁)