読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

竹田青嗣の現象学と欲望論を読み解く (1)

現象学入門』(NHKブックス、1989年)や『ニーチェ入門』(ちくま新書、1994年)など、数多くの哲学の入門書を執筆している竹田青嗣は、難解な哲学の議論を分かりやすい言葉で噛み砕いて説明することで多くの読者の支持を得ています。その一方で、彼の現象学の理解は間違っているという指摘や、彼のポストモダン思想に対する批判は的を射ていないという声も少なくありません。そこで、竹田の主張内容をたどり、その議論の妥当性についてしばらく考えていきたいと思います。


竹田がもっとも大きな影響を受けた哲学者は、何と言ってもフッサールだと言ってよいでしょう。「竹田現象学」ないし「竹田欲望論」と呼ばれる彼の立場は、フッサール現象学を独自の仕方で読み替えることで構築されています。そのフッサールとの出会いについて、竹田は次のように語っています。

 

 そもそもわたしが現象学に引かれたのは、それまで絶対的に正しいと信じていたある強力な世界理論が自分の中で完全に崩壊するという奇妙な体験があったからだ。この強力な理論とはマルクス主義のことである*1

 

 自分が強く信じていた思想や世界観が誤っていたと感じられたとき、ひとはさまざまな態度をとるだろう。思想的な懐疑主義ニヒリズムに陥ったり、それが誤っていたのはここがおかしかったからだという修正主義もある。またひとつの強力な理論(物語)の代わりに、さらに強力な理論(物語)を見出して、そちらに依拠するという態度もあるだろう。しかしわたしの場合は、そもそも人がさまざまな理論の中からあるひとつの理論を確信し、それに依拠して生きるということの「意味」が何であるのか、ということが最も大きな疑問として生き残った。
 現象学は、このやっかいな問いにひとつのはっきりした解を与えてくれるものとしてわたしにやってきたのである*2


若き日の竹田がマルクス主義に出会う経緯は、『自分を知るための哲学入門』の中に詳しく書かれています。

 

自分を知るための哲学入門 (ちくま学芸文庫)

自分を知るための哲学入門 (ちくま学芸文庫)

 

 

高校から大学に入った頃、わたしはごくフツーの真面目で純朴な青年だったと思う。大学を出て放送局に入り、フツーの立派なサラリーマンになることが夢だった。
〔中略〕
 ところが、大学に入ってみるとすぐに、むずかしい議論と大義名分のついた“闘争”に巻き込まれてしまった。
 「社会を変革し、人間らしさを取り戻そう」という命題がやってきて、わたしはその天の声にわしづかみにされてしまった。青天の霹靂である。どんなことでも知っている(と思えた)ステキな先輩たちが「大学解体」「造反有理」などと言うのを聞いて、素朴で真面目なフツーの青年だったわたしにその「正しさ」が疑えるわけがなかった*3

 

その後、竹田たちのような若者を捕らえた「大学闘争」の情熱はしだいに冷めていきます。さらに1972年の連合赤軍事件にショックを受けた彼は、文学や思想の世界にロマンを求めていくことになりました。しかしやがて、「現実」から乖離した「ロマン」や「理想」を求め続けて生きることに伴う疲労感が彼を襲ってきます。

 

 わたしは進むことも引くこともできない生活の関係の中で困り果てていた。何とか自分の不安な状態を救いたかったのだが、文学や思想の世界は自分を救うためには全く無力なものだった。キルケゴールが言ったとおり、そのことに思い当ってわたしは“絶望”した。自分の「心の義」の世界が、まったく独我論の世界にすぎないことに、ようやく気づいたのである*4

 

彼がフッサールの『現象学の理念』という本に出会ったのは、そんな日のことでした。そして以後、彼はフッサールの思想に引き込まれていきます。

 

では、フッサールの何が、それほど深く竹田の関心を引いたのでしょうか。この出会いについて、彼は次のように語っています。

 

 たとえば現象学は、人間の世界像の一切を主観の意識内容、意識表象に「還元」する。自分にとって疑えぬ「現実」と思えていたものが、自分の内の観念、表象にすぎないと突然感じられたこの体験は、「還元」という概念の核を容易に受け入れさせたのである。
 現象学は、繰り返し言うように方法的独我論をとる。それは、一見リアルなものとして現われている世界の風景の一切を意識に生じた表象にすぎないものと見なす。あらゆる現実的な確信をドクサ(臆見)と見なすのである。そういう手続きを取った上で、この現実性がどのように成立するかを吟味する。
 わたしが体験したのは、要するに、それまで疑えない現実感を伴って存在していた自分の世界像が徐々にその現実性を削ぎ落され、やがてその一切が自分だけのドクサでないかと思える場所にまで対抗するという事態だった。現象学はいわば方法的にこのような「還元」を行なうのだが、わたしの場合、自分のロマン的世界像と現実世界とのせめぎ合いが、自分にそういった「還元」をもたらしたのである*5

 

マルクス主義の世界観への信頼が失われてしまったことで途方に暮れていた竹田に、彼の置かれていた実存的状況をうまく解き明かすためのヒントをもたらしたのが、フッサール現象学だったのです。他方で彼は、1980年代の日本の思想界を席巻したポストモダン思想は、そうした問題にうまく答えていないのではないかという疑問を抱くようになりました。そしてこのことが、竹田のポストモダン思想に対する批判の核心にあると言えるように思います。

 

それでは、近代的な認識論の枠組みを継承するフッサール現象学と、上で見たような竹田の直面していた実存的な悩みという、一見したところまったく性格の異なるように思える2つの問題は、いったいどのようにして結び付いているのでしょうか。

 

竹田はそのことを説明するに当たって、フッサールの『現象学の理念』から、次の文章を引用しています。

 

 認識は、それがどのように形成されていようと、一個の心的体験であり、したがって認識する主観の認識である。しかも認識には認識される客観が対立しているのである。ではいったいどのようにして認識は認識された客観と認識自身との一致を確かめうるのであろうか?認識はどのようにして自己を超えて、その客観に確実に的中しうるのであろうか?*6

 

竹田は、ここでフッサールが提出している「主観-客観」問題こそ、「近代哲学の認識論の根本問題」*7にほかならないと述べています。

 

同じ問題を竹田がみずからの言葉で説明している箇所も、引用しておきましょう。

 

 いま目の前に、何でもいいが、たとえばコップがあるとする。〈私〉はこのコップを見ている。しかしこれをよく考えると奇妙な問題が生じる。〈私〉がいま見ているコップは、〈私〉の視角を通して自分の中に入ってきたコップの像である。ところでこの〈私〉が見ているコップの像と、このコップそれ自体はまったく同じものと言えるだろうか。この疑問が、哲学上主観-客観の難問と言われるものだ。
 青いメガネをかけてものを見ると赤いリンゴも青く見える。人間の視覚(あるいは認識)も完全なものであるという保証はどこにもない。すると、人間の認識があるがままの現実(=客観)と一致しているという保証もないのである*8

 

f:id:tsunecue01:20170107152529j:plain

竹田青嗣現代思想の冒険』(ちくま学芸文庫、1992年)169頁

 

竹田は、近代以降のあらゆる哲学者たちがこの問題に立ち向かっていたと考えます。たとえば、「デカルトの「神の存在証明」は、単にひとびとにどう神への信仰を取り戻させるかということを超えて、この主-客の難問に対する彼なりの解答だったのだ」*9とされます。デカルトは神の存在証明をおこなった後、神が欺瞞者ではありえないのだから、私たちが神から与えられた認識能力にしたがって捕らえられるものは、客観的実在だと考えてよいと主張しました*10。竹田は、こうしたデカルトの主張の意義を、次のように理解します。

 

 つまりデカルトにおいては、〈主観〉と〈客観〉のあいだを架橋するのは〈神〉にほかならない。これは逆に言えば、〈神〉のような存在をもち出さなければ、〈主観〉と〈客観〉の「一致」を確証することは原理的に不可能だということを、彼も認めていたという事を示している*11

 

もちろん竹田は、「この「神の存在証明」を聞いて、なるほどそのとおりだと思うひとは、いまではほとんどいないだろう」*12と述べており、〈主観〉と〈客観〉の一致はデカルト哲学においてもうまく解き明かされていないと考えています。そして、フッサール現象学によって初めて、この難問は見事に解き明かされることになったと考えられています。

 

ところで、こうした近代哲学の認識論上の難問と、竹田の直面していた実存的な悩みとは、彼の中で次のような仕方で結び付いていたのでしょうか。この点についての竹田の説明を見ておきましょう。

 

 この西洋哲学の主-客「一致」問題は、わたしがたどってきたようなロマン的世界の経験と何の関係もないと見えるかも知れない。しかし、自分が内側に抱え込んでいる世界像が、回りの現実から全く孤立した自分だけの観念にすぎないのではないかという感覚は、まさしくこの難問と重なり合っているように思えた。自分の世界像(=自分の認識)は、はたして回りの現実(=客観)に「一致」しているのか。もしこの「一致」が成立していないとすれば、自分の内の世界像とはいったい何であるのか。フッサールの問題設定は、そういうかたちでわたしが抱えていた問題に強く響いたのである*13

 

若き日の竹田は、マルクス主義がこの現実を正しく説明していると信じていました。しかし、やがてそれは誤りであったことが明らかになっていきます。全共闘運動の挫折から連合赤軍事件へと続いていく歴史の中で、竹田はそうした事実を受け入れ、文学や思想といった自我のうちのロマン的世界に逃げ込んでいくことになりました。

 

むろん竹田以外にも、このような挫折を経験した若者は数多くいたはずです。しかし、彼が同時代を過ごした多くの若者たちと異なっていたのは、みずからが抱えていた問題を、「自分の世界像(=自分の認識)は、はたして回りの現実(=客観)に「一致」しているのか」という形で理解していたことです。そしてさらにこの問題は、私たちの主観的な認識が客観的な世界と一致しているのかという、近代哲学の根本問題と重ね合わされていたのです。

 

他方、80年代の日本において流行したポストモダン思想も、マルクス主義の凋落という時代背景を反映していたということができるでしょう。しかし竹田は、ポストモダン思想は近代哲学の根本問題であった「主観-客観」の一致をめぐる謎を解き明かしていないと断じます。竹田によれば、近代哲学の根本問題である「主観-客観」の一致をめぐるアポリアは、フッサール現象学によって完全に解き明かされたのであり、だからこそ彼は、フッサールに出会うことによって、それまで彼を苦しめていた実存的な悩みからの脱出口を見いだすことになったのです。

 

ところで、竹田はフッサール現象学によって「主観-客観」の一致をめぐる近代哲学の根本問題に解決がもたらされたと考えていましたが、そのことは十分に理解されていないと述べています。ふつうフッサール現象学は、私たちの表象の外部に対象が客観的に実在しているはずだという「自然的態度」にエポケーを施し、「超越論的主観性」の領域に立ち返ることだと理解されています。そして現象学独我論であるという批判が繰り返しなされてきたと竹田は言います。しかし竹田によれば、こうした批判は現象学に対する誤解にほかなりません。竹田はこうした誤解に対し、フッサールを弁護して次のように述べています。

 

 現象学は方法的な独我論である。それはフッサールも自認している。しかしそれはちょうど、デカルトが方法的懐疑を行なったのと同じ意味においてである。そのことでいま「デカルト懐疑主義者である」などと言うひとがいたら、てんで判っちゃいないと誰でも言うだろう。現象学独我論だといって非難するひとは、これと同じなのである*14

 

デカルトは、真正の懐疑論者以上に懐疑を徹底し、あらゆるものに疑いを向けていきました。その結果、彼はもはやどうしても疑うことのできない「考える私」の存在を証明し、かえって懐疑論者たちの主張を掘り崩すことに成功しました。竹田は、フッサール独我論に対する関係は、これと同じだというのです。つまり、フッサールは真正の独我論者以上に独我論の立場を徹底して掘り下げていくことによって、独我論がひそかに前提していた底板を掘り抜くことになったのです。竹田はフッサールの戦略をこのように理解しており、これに「方法的独我論」と呼んで、次のように主張します。

 

デカルトの方法的懐疑がわざと懐疑論を徹底したように、フッサールはわざと独我論を徹底するのである。この「わざと独我論を徹底して世界を見る」という方法が、現象学では「還元」と呼ばれる*15

 

次回は、こうした竹田のフッサール解釈についてもう少し詳しく見ていくことにしたいと思います。

 

*1:竹田青嗣『意味とエロス―欲望論の現象学』(ちくま学芸文庫、1993年)315頁

*2:竹田『意味とエロス』316頁

*3:竹田青嗣『自分を知るための哲学入門』(ちくま学芸文庫、1993年)48-49頁

*4:竹田『自分を知るための哲学入門』56頁

*5:竹田『自分を知るための哲学入門』58-59頁

*6:立松弘孝訳『現象学の理念』(みすず書房、1965年)34-35頁

*7:竹田『自分を知るための哲学入門』64頁

*8:竹田『自分を知るための哲学入門』144頁

*9:竹田『自分を知るための哲学入門』145頁

*10:ただし、このような竹田のデカルト解釈には、若干の勇み足があるように思われます。確かにデカルトは、神の存在証明を経ることによって、数学的対象のように人間がみずからの知性によって明晰判明に理解できるものが、神によって物質的世界に創造されて存在することが可能だと主張しました。ただし、人間が数学的観念にしたがって明晰判明に理解したものが単に存在可能だというだけでなく、現実に存在すると主張することはできません。それは、永遠真理ですらも自由に創造するというデカルトの神の理解に矛盾することになります(小林道夫デカルト哲学体系―自然学・形而上学・道徳論』(勁草書房、1995年)第6章参照)。「第六省察」において改めて、外的世界の存在証明をおこなう必要があったのはそのためです。

*11:竹田青嗣現象学入門』(NHKブックス、1989年)27頁

*12:竹田『自分を知るための哲学入門』143頁

*13:竹田『自分を知るための哲学入門』65頁

*14:竹田『自分を知るための哲学入門』47頁

*15:竹田『自分を知るための哲学入門』182頁

サブカルチャー批評を読み解く (5)

前回は、『動物化するポストモダン』において東浩紀が意図的に「セクシュアリティ」の問題を回避していることに触れ、さらにササキバラ・ゴウの『〈美少女〉の現代史』を参照しながら、サブカルチャーにおける「セクシュアリティ」の問題についての考察しました。今回はその続きです。

 

前回も述べたように、ササキバラは1979年以降の美少女キャラクターの歴史をたどっていくに当たり、とくに吾妻ひでお宮崎駿高橋留美子の3人の仕事について突っ込んだ考察をおこなっています。

 

かつて、少年マンガに登場するヒロインたちは、「エッチ」な関心の対象にとどまっていました。これに対して、宮崎駿は映画『ルパン三世カリオストロの城』の中で、クラリスという美少女キャラクターを登場させ、「お姫様」である彼女に愛される「王子様」としてのルパンの姿を描きました。

 

クラリスに始まる美少女キャラクターに関してササキバラが注目しているのは、彼女たちに向けられた男の子たちのまなざしの変化です。彼らは、「お色気コード」に則ったヒロインの振舞いを期待するマッチョイズムに気づき、みずからが「傷つける性」であることを自覚するようになったと主張されていました。

 

みずからが「傷つける性」であることを自覚した少年は、女の子の細やかな内面を理解しようと努めます。彼らが女の子の内面を理解するためのマニュアルとなったのが、少女マンガだったとササキバラは論じています。すでに少女マンガでは、萩尾望都大島弓子竹宮恵子といった「二十四年組」と呼ばれる作家たちによって、少女たちの細やかな内面を描いた作品が登場していました。ただし、この点に関してササキバラはそれほど詳細な考察を展開してはいないようです。そこで、ササキバラとの共著で『教養としての〈まんが・アニメ〉』(講談社現代新書、2001年)を刊行した大塚英志の議論を参照することで、ササキバラの議論を補うことにします。

 

 

大塚は、この本の「萩尾望都」を扱った章で、「二十四年組」による「内面の発見」という事件についての考察をおこなっています。その際に彼は、少女マンガの「内側」と「外側」で起きた2つの出来事を取り上げています。

 

少女マンガの「内側」で生じた出来事は、「表現技法上の問題」と呼ばれています。簡単に言うと、フキダシの中の言葉と外の言葉の使い分けのことです。つまり、フキダシの中に書き込まれた言葉が音声化されたセリフを表わし、フキダシの外に書き込まれた言葉がキャラクターの心の中のセリフや語り手の独白、手紙の文面など他のテクストの引用、主題を強調する短いフレーズなどを表わすという技法です。

 

ここで大塚は、かつて吉本隆明が『マス・イメージ論』の中で、フキダシの外側に配置されたセリフのニュアンスを細やかに使い分けていくこれらの技法に注目して、それを「言語の位相化」と呼んでいたことに触れています。

 

マス・イメージ論 (講談社文芸文庫)

マス・イメージ論 (講談社文芸文庫)

 

 

吉本がまず取り上げているのは、山岸凉子の「籠の中の鳥」という作品の一場面です(下図参照)。ここに見られる表現技法について、吉本は次のように論じています。

 

f:id:tsunecue01:20160220220249j:plain

山岸凉子『天人唐草―自選作品集』(文春文庫ビジュアル版、1994年)156頁

 

1コマ目での、主人公の融の「村に行くのいやだ」というセリフと、祖母の「ふんそいじゃ腹すかしてここにいろ」というセリフは、登場人物のかわす会話を表わしています。これらはふつう、一重線の囲みで表現されますが、「緊迫した叫び声や叱咤の声のばあいは、草書体の無囲み、あるいは崩した一重線の囲みで表わされる」*1ことになります。

 

2コマ目の「ゴク」という語は、少年が生つばを飲み込む擬音です。吉本は、「擬音や音声にならない意識の内語のばあいは、草書体の無囲み、あるいは崩した一重線の囲みで表わされる」*2と説明しています。

 

そして、3コマ目で融が一人称の語り手の位相で語る「ぼくの家はヨミノ山の奥にあります」「時どきふもとの村からむかえの人が来ることがあります」という、二重線の囲みで表わされている文章は、ナレーションの語りを表わしています。

 

吉本は、こうした山岸の表現技法の意義を、次のように読み解いています。

 

 山岸凉子の「籠の中の鳥」が感銘ぶかい作品だというのは云うをまたないが、それよりももっと意味ぶかいのは、画像と組みあわせることが可能な言語の位相を、その同一性と差異の全体にわたってはっきりと抑えきっていることだとおもえる。たとえばこの作品は「ぼく」という主人公が語り手になり展開される物語だが、「ぼく」は同時に作品のなかで、主たる登場人物としても振舞うことになる。語り手としての「ぼく」と主人公としての「ぼく」はどうちがうのか。この言葉の本質的な差異は、一重線の囲いと二重線の囲いによって区別されている。「ぼく」の内語もまた別の区別をうける。さしあたってはわたしたちは、画像と組合される物語言語においては、それ以上の位相的な差異と同一性を区別しなくていいことがわかる。こうみてくると山岸凉子は、現在のコミックス画像の世界を流通する言語的な手段を、意識的にとりだした明晰な作者だということがわかる*3

 

次に吉本は、萩尾望都『メッシュ』という作品の一場面を例に取り上げ、さらに複雑な登場人物の内面を表現するための技法が確立されていると主張します。

 

たぶんこの作者には、刻々変化してくる登場人物たちの感覚的な陰影を捉えたいという極度な欲求があって、平面画像のなかにさえも多様な言語のシートを、何枚も重ねて埋め込んでいる。そんな表現様式を創りだしている*4

 

f:id:tsunecue01:20160220221829j:plain

萩尾望都『メッシュ』第2巻(白泉社文庫、1994年)35頁

 

さて、大塚はこうした吉本の議論を引き継ぎながら、こういった表現技法が少女マンガにおける「内面の発見」を可能にしたと主張します。

 

台詞を位相化し、和音のようにことばを重ねていく技法こそが七〇年前後に少女まんが領域で確立した手法なのです。〔中略〕
 このようにしてフキダシの外の台詞を駆使することによって、少女まんがはキャラクターの心を重なり合った層として、いわば奥行きのあるものとして描く技術を手に入れたのです。
 たとえていうならこうです。今、自分がしゃべっていることばとは別に心の中には別の気持ちがあり、あるいは耳の奥に不意にフラッシュバックすることばがある……そしてそれらを一歩離れたところから見つめるキャラクターの〈私〉としての自意識がある、といった具合にです。ぼくが七十年代初頭に少女まんがが「内面」を発見したと記すのは、こういった技術の裏打ちをふまえてのことです*5

 

他方で大塚は、少女マンガの「外側」で生じたもう一つの出来事を取り上げます。60年代以降のフェミニズム思想の興隆や「手記ブーム」などを通して「女性性」の問題がしだいにクローズ・アップされてきたという事実です。「手記ブーム」とは、60年代に素人の書いた手記が次々と出版されベスト・セラーになった現象を指しています。大塚はここで、藤井淑禎による「手記ブーム」の研究を参照しながら議論をおこなっています。そこで次に、藤井の『純愛の精神史―昭和三十年代の青春を読む』(新潮選書、1994年)に少し立ち入ってみることにします。

 

純愛の精神誌―昭和三十年代の青春を読む (新潮選書)

純愛の精神誌―昭和三十年代の青春を読む (新潮選書)

 

 

この本の中で藤井は、「手記ブーム」の時代を1958年から1971年としています。その始まりとなったのが、九州の炭鉱町での極貧生活を記録した安本末子の日記『にあんちゃん』です。ブームは、軟骨肉腫という不治の病に冒され21歳の若さで亡くなった大島みち子とその恋人の河野実の往復書簡をまとめた『愛と死をみつめて―ある純愛の記録』の刊行をピークとして、立命館大学で大学紛争に身を投じた末にみずから死を選んだ高野悦子の『二十歳の原点』まで続きました。

 

藤井はこの本の中で、「手記ブーム」の意義を詳しく考察しています。それによると、「手記ブーム」とは「玄人たちによって独占されていた「文学」というものを、アマチュアたちの手に取り戻そうとする動き」*6であると主張します。また、「私小説的風土を逆手にとった一人称体に、呼びかけ的性格が加味される」ことで書き手と読み手が直接的に結ばれ、「読者は、一人称体の私小説の場合などとは比較にならないほどの強い力で書物のなかに巻き込まれてしまう」*7ことに注目して、「「小説」というジャンルに対する非小説(ノンフィクション)サイドからの異議申し立て」*8という側面があったことを指摘しています。

 

しかし大塚の議論に関わってくるのは、藤井が「手記ブーム」を「男性主導の「文学」という制度に対する女性の側からのNOの声でもあった」*9と特徴づけている箇所だと言ってよいでしょう。注目すべきは、藤井が「女性たちの告発」の意義に一定の評価を与えながらも、そこに孕まれていた一つの困難を鋭く指摘していることです。

 

藤井は、『愛と死をみつめて』の大島みち子の病気が再発し、パニック状態に陥った河野実の手紙と、それに対する大島の返答について考察を加えています。

 

愛と死をみつめて ポケット版 (だいわ文庫)

愛と死をみつめて ポケット版 (だいわ文庫)

 

 

まず、河野の手紙から引用します。

 

 みこが逝ってしまった時の事を考えると全身に身震いがする。意識もなく寝ているもとへ僕は行って、じっとみこを見守っているだろう。何も言わずただ茫然と……。そしてその瞬間僕は大声を出して笑い出すかもしれない。発狂するだろう。ああいやだ。助けて……。今すぐみこのもとへ飛んで行きたい。みこの胸に抱かれて、もういやという程思い切り泣いてみたい。気が済むまで……。〔中略〕みこ! みこの御両親、みこと僕の関係がそうとう深いものと思っていると思う。生きているうちに、生きているうちに純潔を証明しておいてほしい*10

 

ここに見られる河野の「純潔」へのこだわりについて、藤井は次のように解説しています。

 

 純潔というものに対するあまりにも過剰な意識がみてとれるのだが、これもまた同時代の細密画たる『愛と死をみつめて』という書物が垣間見せてくれた当時の青年男女の典型的かつ平均的な在りようであったとすれば、そうした言動を背後から操っていたのが、この時代の支配的な観念であった純潔というイデオロギーだったのである*11

 

藤井は、当時の文部省が編纂した純潔教育についてのさまざまな啓蒙パンフレットの存在に触れながら、河野が恋人である大島に純潔証明を要請したことに「純潔」のイデオロギーが影響を与えていたと論じます。

 

しかし、河野の純潔証明の要請に対して大島が返した次の手紙には、「純潔」のイデオロギーを相対化する視点が見られると藤井は言います。

 

 さて速達のお返事ですが、私の両親に純潔の証をたてておくようにとのことですが、どうして、そうしなければならないのかわかりませんし、どの方法をもってそうであることを証明していいのかもわかりません。〔中略〕マコ、純潔って一たいどんなこと? 肉体的に純潔であっても精神的に純潔でない人もいるでしょうし、またその逆の人もいると思うのです。結婚前に最愛の人にすべてを捧げることは決して不純だとは私は思いません。ただなんとなく道徳上、いけないような気もするのですが。
 十月、貴方と六日間、せまい一室ですごしました。たとえ病室だったとはいえ、完全な個室、そして一日中顔を合せての生活でした。まずたいていの人は、私たちが俗に言う深い関係になったと想像するでしょう。そう思うなら思わせておけばいい。私たちは精神的には強く強く結ばれたけれども、肉体的には結ばれなかった。私がこんなになってしまうのなら、一さい何もかも貴方にあげてしまえばよかった(と言っても、貴方は要求しませんでしたが)と思う反面、そうしなかったことでよけいに私たちの愛情が清く美しい様に思われたりして。
 父や母に証をたてることはしませんでしたけれども、入院した当時からの日記を読めばわかることです。マコ、それでいいではないの。*12

 

ここには、「純潔」という規範とそれに縛られた河野に対する、大島の異議申し立てを見ることができます。

 

また『愛はかなしみとともに』の著者である佐々木道子も、次のような文章を記していました。

 

秀樹君は私の前に立って、いつにもない恐い程真剣な目をして、こころもち腕を広げて私を見た。ぼくの腕の中に飛び込んでおいでといっているのだった。私は応じることができなかった。ほんとは抱かれたかったけど、何か抵抗があって、空しい気持ちで彼を見上げただけ。秀樹君はすごくガッカリしたらしかった。ごめんなさい。私はどうしても素直な心になれなかった。
 それから秀樹君は私を立たせて、私はそのまま、抱かれてしまった。でもその時、悪いことをしているような罪の意識をふと感じて、嬉しいより見苦しいような、悲しい気持ちがした*13

 

ここにもまた、男たちをがんじがらめにしている「純潔」や「純愛」のイデオロギーを相対し告発する、女性たちの内なる声が響いています。

 

しかしながら、手記を書く女性たちは、ここからまっすぐに「純愛」のイデオロギーからの解放へと向かって進んでいったわけではありませんでした。藤井は、「手記ブーム」の最後に位置づけられた高野悦子の『二十歳の原点』に、「純愛」からの解放の困難さを見ています。

 

二十歳(はたち)の原点序章 (新潮文庫 た 16-2)

二十歳(はたち)の原点序章 (新潮文庫 た 16-2)

 

 

藤井が参照しているのは、たとえば次のような文章です。

 

絶対に昨日のことは忘れるまい。要するに酔って旅館に連れ込まれたということ。でも滑稽だった。裸同士の男と女が、子供のぶきっちょさで遊んでいたということだもの。「これでも俺はプレーボーイなんだ。お前を裸にしてみせる」と暴力的にムリヤリに服を脱がせた。お見事! さすがにプレーボーイ! 「キミハステキダ、ナントスバラシイ、ボクヲスキカイ」いつもの手順でプレーボーイ氏はやる。その空虚さ、しらじらしさ。そう、簡単明瞭に言えば、体が欲しい、征服したいということ。裸同士でダブルベッドの上をおしくらまんじゅうだナ。トイレバス付きの、ベッドだけが大きな個室。醜態だな*14

 

藤井は、ここに見られるような「極端な韜晦口調」が「規範に対することさらなる反抗」にすぎないのではないか、と問いかけます。そして、もしそうだとすれば、彼女の言葉は規範からの解放を証明するどころか、「従うか、あえて背くかのちがいはあっても、依然として〔中略〕規範に深いところで囚われていた可能性は相当に高いとみなくてはならないだろう」*15と言います。

 

さらに藤井は、高野悦子が自殺に至るまでの3か月あまりの間に、2人の男性との関わりを通して、みずからが追い求めたのは「幻想としての恋愛」にすぎなかったという事実に直面させられたことを取り上げます。そこで彼女がたどり着いたのは、「恋愛も男性も性的行為も、そして自分自身をも含め、ありとあらゆるものから幻想性がはぎとられ、むきだしにされた裸形の世界」であり、「もはや〈父〉もなく〈家〉もない、何の突っかい棒もない荒れ野」*16でした。彼女の歩んだ道が示している困難について、藤井は次のように説明します。

 

 そして、おそらくそこが荒れ野でしかありえなかったのは、ほんとうの意味での規範からの自由が「主体的」に獲得されていなかったからにちがいない。純潔という規範との関わり方の場合でいえば、単なる裏返しであり、反動としての規範への反抗・否定に過ぎず、実際は依然としてその影をひきずっていたからなのである。だからこそ、たとえば〈家〉制度に代わる共産主義的な政治的イデオロギーだとか、純潔という規範に代わる解放的な性イデオロギーだとかのように、ひとつの規範の否定は単に別のもうひとつの規範を呼び寄せてしまっていたに過ぎず、相変わらず人間が規範の囚われであるという事態はいっこうに変わりがないのだった*17

 

大塚の『彼女たちの連合赤軍』を読んだことのある読者は、そこで大塚が、こうした藤井の問題意識を受け継ぎ展開させていたことに気づくことでしょう。しかし、その点について立ち入って論じる暇はないので、この辺りでもう一度大塚の少女マンガ論に話を戻して、ひとまず締めくくることにしたいと思います。

 

さて、以上のような時代背景を踏まえた上で大塚は、「手記ブーム」が少女マンガの主題にも影響を与えたと主張します。彼が「手記ブームと団塊世代の少女まんがをつなぐ象徴的な作品」*18として取り上げているのは、島中隆子・大和和紀の『真由子の日記』という作品です。

 

この作品は、主人公である真由子の次のようなモノローグから始まります。

 

あたし真由子
もうじき十五になります
女の子です
一人まえのむすめになってから
もう三年になります
これは
わたしだけのひみつの日記
あなたにだけ こっそり
みせてあげましょうか
でも約束してくださいね
だれにもあたしのひみつを
しゃべらないって
あたし……?
どこにでもいるへいぼんな女の子です
そう
あなた自身かもしれません*19

 

ここには、「一人称による私語りという手記の文体がはっきりと採用されてい」*20ると大塚は指摘しています。みずからの「性」に直面して戸惑う少女の「内面」の告白と、それを描き出すことを可能にした表現技法について、大塚は次のように述べています。

 

少女まんがはその作画技術においては戦前の少女画の延長上にあります。それは手塚まんがとはまた違う系譜での記号絵でした。とてもはしょった言い方になりますが少女まんがの絵はいわばお人形さん的な、身体性を欠落させたキャラクターでありそこには「性」は存在しませんでした。二十四年組の絵柄も技法としてはあくまでもその延長にあります。けれども『真由子の日記』では真由子には初潮が訪れており彼女は性的な身体を持った等身大としての主人公として少女まんが誌に登場したのでした。これはとても衝撃的な出来事でした*21

 

 自分の身体が既に性的な身体であることを自覚することによって、真由子の「内面」は明瞭な輪郭を結びます。「性的な身体の発見」と、その自らの身体における女性性と向かい合うことでそれを語る「内面の発見」の二つは戦後少女まんが史の中ではほぼ同時になされたのだといえます。つまり『真由子の日記』は少女たちが自らの女性性を把握する表現として示されたということになります*22

 

そして大塚は、萩尾望都の諸作品の中に、このような「女性性」の問題に対する戦いを見いだしているのですが、この点に関しては次回に回すことにします。

 

*1:吉本隆明『マス・イメージ論』(福武文庫、1988年)272頁

*2:吉本『マス・イメージ論』272頁

*3:吉本『マス・イメージ論』278-279頁

*4:吉本『マス・イメージ論』294頁

*5:大塚・ササキバラ教養としての〈まんが・アニメ〉』65-66頁

*6:藤井淑禎『純愛の精神誌―昭和三十年代の青春を読む』(新潮選書、1994年)186頁

*7:藤井『純愛の精神史』190頁

*8:藤井『純愛の精神史』187頁

*9:藤井『純愛の精神史』193頁

*10:河野実・大島みち子『愛と死をみつめて―ある純愛の記録[新版]』(大和出版、1979年)180頁

*11:藤井『純愛の精神史』51-52頁

*12:河野・大島『愛と死をみつめて[新版]』182-183頁

*13:藤井『純愛の精神史』199-200頁より孫引

*14:高野悦子二十歳の原点序章―未熟な孤独の心』(新潮社、1974年)217頁

*15:藤井『純愛の精神史』200-201頁

*16:藤井『純愛の精神史』203頁

*17:藤井『純愛の精神史』203頁

*18:大塚・ササキバラ教養としての〈まんが・アニメ〉』75頁

*19:大塚・ササキバラ教養としての〈まんが・アニメ〉』75-76頁より孫引

*20:大塚・ササキバラ教養としての〈まんが・アニメ〉』76頁

*21:大塚・ササキバラ教養としての〈まんが・アニメ〉』77頁

*22:大塚・ササキバラ教養としての〈まんが・アニメ〉』78-79頁

サブカルチャー批評を読み解く (4)

現在から振り返ってみるとき、東浩紀の『動物化するポストモダン』はその後のサブカルチャー批評の隆盛の礎を築いた記念碑的な著作と言えるのではないかと、私は考えています。しかし、その後のサブカルチャー批評の中で突っ込んで論じられることになった主題のうち、東があえて正面から扱うことを避けていたと思われるものがあります。サブカルチャーにおける「セクシュアリティ」の問題です。

 

まずは『動物化するポストモダン』における東の文章から、サブカルチャーにおける「セクシュアリティ」の問題について彼がどのようなスタンスをとっていたのかを確かめておきましょう。

 

動物的な欲求と人間的な欲望が異なるように、性器的な欲求と主体的な「セクシュアリティ」は異なる。そして、成人コミックやギャルゲーを消費する現在のオタクたちの多くは、おそらく、その両者を切り離し、倒錯的なイメージで性器を興奮させることに単に動物的に慣れてしまっている。彼等は10代の頃から膨大なオタク系性表現に曝されているため、いつのまにか、少女のイラストを見、猫耳を見、メイド服を見ると性器的に興奮するように訓練されてしまっているのだ。しかしそのような興奮は、本質的には神経の問題であり、訓練を積めばだれでも掴めるものでしかない。それに対して、小児性愛や同性愛、特定の服装へのフェティシズムを自らのセクシュアリティとして引き受けるという決断には、またまったく異なった契機が必要とされる。オタクたちの性的自覚は、ほとんどの場合、とてもそのような水準に到達していない*1

 

また別の箇所でも、オタクたちの行動原理はフェティッシュに耽溺する性的な主体ではなく、「もっと単純かつ即物的に、薬物依存者の行動原理に近いように思われる」*2と説明されています。

 

このような東のスタンスは、その後におこなわれた東と斎藤環小谷真理の鼎談「ポストモダン・オタク・セクシュアリティ」の中で、いっそう明瞭に語られています。

 

東はこの鼎談の目論見について、「ぶっちゃけて言えば、小谷さんが斎藤さんと僕を糾弾し、我々がそれをディフェンスするという展開を期待しているわけです」*3と語っていました。ところが、じっさいに鼎談が進んでいくと、東における「セクシュアリティ」というテーマの不在を斎藤と小谷が「糾弾」するという構図が見られるようになっていきます。とくに小谷は、「私には、どうも東さんは性差の問題とかセクシュアリティの問題に話が行くのを避けようとしているように思うんだけど」*4と、東における「セクシュアリティ」の不在をはっきりと指摘します。

 

斎藤も、サブカルチャーにおける「セクシュアリティ」の問題、端的に言えば「抜き」の問題を避けてはならないという立場から、東を批判しています。

 

斎藤 しかし、岡田斗司夫大塚英志もあえて抑圧してきた「抜き」の問題を、私が身も蓋もなく暴露したという歴史的経緯から逆戻りするべきじゃないと思うんですけど。
東 それで僕の『動物化するポストモダン』は反動的に見えるわけですね(笑)。それはわかりましたが、しかしやはり、現実にギャルゲーで抜いていようが抜いていまいが僕の意見は変わらないな。それは単に身体的快楽の問題であって、セクシュアリティのレベルにまで行かないでしょう。
小谷 でもやっぱり、彼等はこれで抜きましたっていうカミングアウトはしているわけだから。
東 そういうことを言いたい人もいるでしょうから。
小谷 カミングアウトしたというのは、自分のセクシュアリティをこうですと人前で公表しちゃったわけじゃない。
東 しかし、そもそも、絵でオナニーしてもなんでもないでしょ。
斎藤 なんでもなくはないだろう(笑)。
東 なんでもないでしょう。自慰行為と実際の性行為の間には無限の差がある。それに較べれば、写真を見て自慰行為をしようが、絵を見て自慰行為をしようが、大して変わらんですよ*5

 

けっきょくこのやりとりは、東の「そんなことを言っているからラカン派はおかしくなったんですよ(笑)。いずれにせよ、こんなことを話していても仕方がない気がするな」*6という発言で打ち切られることになりますが、その後のサブカルチャー批評において「セクシュアリティ」の問題は主要なテーマの一つとなっていきます。

 

たとえば更科修一郎は、「『雫』の時代、青の時代。」(東浩紀編『美少女ゲームの臨界点』(波状言論、2004年)所収)において、美少女ゲームのシナリオを、家父長制を補完するような「零落したマッチョイズム」にほかならないと指摘しました。またササキバラ・ゴウも『〈美少女〉の現代史―「萌え」とキャラクター』(講談社現代新書、2004年)において、サブカルチャーにおける美少女キャラクターの歴史をたどり、そこにひそむセクシュアリティの問題をあぶりだしています。そして、2008年に刊行された宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』(早川書房)では、オタク文化に限らずサブカルチャー文化の動向を広く渉猟しながら、包括的な観点から東の立場に対する批判が提出されました。これに対して東も、「萌えの手前、不可能性に止まること―『Air』について」(東編『美少女ゲームの臨界点』所収、その後東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生動物化するポストモダン2』(講談社現代新書、2007年)に再録)などを通して応答をおこなっています。

 

そこで次に、サブカルチャー批評における「セクシュアリティ」の問題の中身に多少立ち入ってみることで、東の特異なスタンスを確かめていきたいと思います。上に挙げた論者の中では、提出している問題の包括性という点で宇野の仕事がもっとも重要ではないかと考えますが、宇野の議論の検討はしばらく後回しにして、ここではササキバラの『〈美少女〉の現代史』を手がかりに、サブカルチャー批評がどのような観点から「セクシュアリティ」についての問題を考えてきたのかを見てみたいと思います。

 

「美少女」の現代史 (講談社現代新書)

「美少女」の現代史 (講談社現代新書)

 

 

この本でササキバラは、美少女キャラクターの歴史の始まりを1979年に設定するとともに、この頃に発表された吾妻ひでお宮崎駿高橋留美子の3人の仕事についての考察を展開しています。

 

それ以前の少年マンガに登場するヒロインたちは、「エッチ」な関心の対象にとどまっていました。ササキバラがそうしたヒロインの例にあげているのが、永井豪の作品に登場する少女たちです。『ハレンチ学園』に登場する女の子たちは、スカートをめくられたり服を剥ぎ取られたりするような「お色気コード」にしたがうキャラクターにすぎません。『キューティーハニー』は「美少女を主人公にした男の子向け作品としては先駆的なもの」とされていますが、しかしその主人公である如月ハニーは「男のエッチな視線をストレートに反映した身体を持ち、そういう期待に応えるような展開の中で活躍するキャラクターでした」*7ササキバラは述べています。

 

f:id:tsunecue01:20170103200555j:plain

永井豪キューティーハニー』第1巻(1995年、中公文庫コミック版)10頁

 

美少女キャラクターは、こうした「お色気コード」からの脱却によって誕生します。その一例が、宮崎駿が監督を務めた映画『ルパン三世カリオストロの城』に登場するヒロインのクラリスです。同じく『ルパン三世』に登場する峰不二子が、「お色気コード」に則ったセクシーな外見のキャラクターであるのに対して、クラリスは未成熟な少女の外見をしています。峰不二子に対しては性的な欲望を向けるルパンですが、この映画の中での彼は、「お姫様」であるクラリスに愛される「王子様」の役割を演じています。ここでササキバラは、「お姫様」であるクラリスから愛されることによって初めて、泥棒のルパンが「王子様」の役割を獲得することができることに注目します。つまり「美少女」は、男性の根拠を与えてくれる存在として登場するのです。

 

f:id:tsunecue01:20151210012731j:plain

ルパン三世 カリオストロの城』(宮崎駿監督、1979年)

 

このことは、高橋留美子の『うる星やつら』においても確かめられています。スケベでお調子者の諸星あたるは、ヒロインのラムとしのぶとの間の三角関係の中に置かれることで、主人公の役割を与えられ、物語の中心に位置づけられることになります。「あたるの主人公としての「根拠」は女性キャラクターによって支えられている」*8のです。少年は、少女によって「選ばれる」ことで初めて、みずからの実存的な根拠を与えられることになると言うことができるでしょう。

 

f:id:tsunecue01:20151210012157j:plain

高橋留美子うる星やつら』第1巻(少年サンデーコミックス、1980年)133頁

 

このことに関連してササキバラが触れているのは、『機動戦士ガンダム』の原作と総監督を務めた富野由悠季です。富野はこの作品の中で、戦う根拠を失っていく少年を執拗に描き続けました。『マジンガーZ』以来のロボットアニメは、少年がロボットを操縦し、敵をやっつけるというパタンを踏襲してきました。しかし、『ガンダム』の主人公のアムロ・レイは、物語が進んでいく中でしだいに戦闘拒否の姿勢を示すようになり、ついには脱走を図るに至ります。

 

このような富野の問題意識の背景に、東の指摘する「大きな物語の凋落」を見ることができるかもしれません。崇高な価値が失われた時代にあって、少年たちは「戦い」や「勝利」のドラマの中に、みずからの生きる目的や根拠を見いだせなくなります。

 

宇宙戦艦ヤマト』は、かつての主人公にとって戦う理由が明白だったことを示しています。しかし冨野由悠季が原作と総監督を務めた『機動戦士ガンダム』の主人公アムロは、戦うことを拒否する姿勢を見せます。また、『機動戦士Zガンダム』の主人公カミーユは、周囲に憎悪の感情をぶつけたあげくに精神の破綻を迎え、『機動戦士Vガンダム』の主人公ウッソは「いかにも子供らしい」キャラクターを貫いて見せたのです。ササキバラは、戦う理由を失った主人公が行き着くのは、脱走するか、破滅して見せるか、あるいは覚悟を決めて「嘘」の中で生きるしかないと言い、「ガンダム」シリーズではこの3つの道がすべて描かれました。

 

こうした傾向は、「大きな物語の凋落」が続く限り、加速することはあれ、けっしてとどまることはありません。やがて庵野秀明が『新世紀エヴァンゲリオン』において、徹底的に戦うことに背を向け続ける主人公を描くことになるでしょう。

 

こうして、少年たちが自分自身の生きる根拠を失ったとき、彼に根拠を与えてくれる存在として登場することになったのが「美少女」キャラクターだったのです。ササキバラはこうした観点から、あだち充の『タッチ』に注目しています。70年代までの野球マンガでは、「甲子園」や「野球」それ自体が、少年たちの戦う理由となっていました。しかし、『タッチ』の主人公の上杉達也が高校球児となって甲子園をめざすのは、ヒロインの浅倉みなみがそれを望んだからです。「「タッチ」のヒロインは、この作品世界の中で最大の価値として君臨し、その恩寵によって主人公は全力で戦うことが可能になるのです」*9ササキバラは論じています。

 

f:id:tsunecue01:20151210010834j:plain

あだち充『タッチ』第14巻(少年サンデーコミックス、1984年)6頁

 

ところで、こうした美少女キャラクターの誕生の背後は、ヒロインに対して「お色気コード」を期待するマッチョイズムに気づき、みずからが「傷つける性」であることを自覚した少年たちの姿がありました。みずからのマッチョイズムに気づいた彼らは、「傷つきやすい存在」としての「美少女」を発見したのです。こうして少年たちは、傷つきやすい女の子たちの細やかな「内面」を理解しようと努めることになります。そしてこのような少年たちの態度のうちに、サブカルチャーにおける「セクシュアリティ」の中核的な問題が見いだされていくことになるのですが、その点に関する検討は次回以降に回したいと思います。

 

*1:東『動物化するポストモダン』130-131頁、なお横書き表示に合わせて、一部漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります。

*2:東『動物化するポストモダン』129頁

*3:東編『網状言論F改』131頁

*4:東編『網状言論F改』133頁

*5:東編『網状言論F改』185-186頁

*6:東編『網状言論F改』186頁

*7:ササキバラ・ゴウ〈美少女〉の現代史―「萌え」とキャラクター』(講談社現代新書、2004年)146頁

*8:ササキバラ〈美少女〉の現代史』66頁

*9:ササキバラ〈美少女〉の現代史』91頁

サブカルチャー批評を読み解く (3)

前回に続いて、東浩紀の『動物化するポストモダン』の議論を簡単にたどっていきます。この本の第2章で、東は「二つの疑問」を提出していました。今度は(2)の問いをめぐる東の議論を見ていくことにします。

 

前回も引用しましたが、ここでもう一度、東の掲げた問いを引いておきます。

 

(2)ポストモダンでは大きな物語が失調し、「神」や「社会」もジャンクなサブカルチャーから捏造されるほかなくなる。それはよいとして、ではその世界で人間はどのように生きていくのか? 近代では人間性を神や社会が保証することになっており、具体的にはその実現は宗教や教育機関により担われていたのだが、その両者の優位が失墜したあと、人間性はどうなってしまうのか?*1

 

この問いに対する答えとして提出されているのが、「データベース消費」と並ぶ本書のもう一つの重要概念である「動物化」です。東は「動物化」という概念を、アレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』から引いています。コジェーヴのこの本は、彼がヘーゲルの『精神現象学』についておこなった講義に基づいていますが、その中の一つの注で、戦後アメリカの消費者の姿を「動物」と呼んでいます。

 

ただし東の「動物化」の概念は、コジェーヴの議論に依拠してはいますが、そこにラカンジジェクなどの思想を重ね合わせており、それを解きほぐすのは手に余ります。仕方がないので、東がオタクとコギャルの類似性を指摘している議論を手がかりにして、(2)の問いに対する東の考えにアプローチすることにしたいと思います。「コギャル」とは、1990年代にジャーナリズムを賑わせていたストリート系の少女たちのことを指します。ただし東は、彼女たちについては「ほとんど細かい動向を知らず、考察は一般的な報道に頼らざるをえない」*2と述べており、コギャルについての詳しい考察をおこなった社会学者の宮台真司著作に依拠して議論を進めています。

 

終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)

終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)

 

 

東の議論の前提には、現代の日本が「輝かしい未来」を約束してくれるような「大きな物語」を喪失してしまったという時代診断があります。そして宮台も、こうした認識を共有しているように思えます。宮台は著書『終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル』(筑摩書房)の中で、サブカルチャーの中に現われた二つの終末観に触れています。「終わらない日常」と「核戦争後の共同性」です。

 

まずサブカルチャーで主流の地位を獲得したのは、「終わらない日常」の方でした。高橋留美子の『うる星やつら』は、既成の「大きな物語」が有効性を失った時代にふさわしく、輝かしい未来もおぞましい破滅もない「終わりなき日常」が延々と繰り返される世界を描きました。他方、「核戦争後の共同性」を代表するのは、大友克洋の『AKIRA』と宮崎駿の『風の谷のナウシカ』、そして『美少女戦士セーラームーン』のような、「前世の転生戦士」という設定を持つファンタジー作品です。これらの作品は、もはや有効性を喪失してしまった「大きな物語」を、一種のフェイクとして構築しています。

 

しかし90年代に入って、この2つの終末観の対立は、サブカルチャーから現実へと飛び出すことになります。現実にまで浸透し始めた「終わりなき日常」にいち早く適応したのが、90年代を席巻した「コギャル」だったと宮台は見ています。

 

 そして90年代。ブルセラや女子高生デートクラブが世をにぎわす。かつて、都市は光と闇のコントラストで定義され、性の売買は闇の世界に属していた。ところがところがブルセラショップもデートクラブも白昼堂々営業し、学校帰りの制服少女たちが誘い合わせて集まってくる。彼女たちはあらゆる場所に学校的作法を持ち込み、都市は白々とした光に包まれたユートピアになった*3

 

先日、元ブルセラの聴講生が「ブルセラ世代の自分らには(終わらない日常は)キツくない」と言ってきた。クラブ(ディスコ風のたまり場)やデートクラブで「待ったりと」脱力して生きる彼ら・彼女らは、「終わらない日常」を生きる術に長けている。〔中略〕たとえば、彼ら世代の多くは茶髪だが、今年はじめに『朝日新聞』の「声」欄で論議されたような「西欧コンプレックス」など、微塵もない。もちろん、かつてのツッパリの脱色髪ともぜんぜん違う。ブルセラ世代の茶髪は、そうした背伸びやつっぱりではなく、むしろ「脱力」の象徴なのだ。茶髪にするとラクになれる―もう長い間茶髪にしている私自身が言うのだから間違いない*4

 

しかし、こうした「終わらない日常」を生きることが「キツイ」と感じる男の子たちは、どうすればよいのでしょうか。宮台は、「終わらない日常」はユートピアであると同時にディストピアでもある」と言います。そこは、「モテない奴は永久にモテず、さえない奴は永久にさえない」日常が、ただ延々と続くだけの世界です*5。この「終わらない日常」の中で追いつめられた男の子たちの脳裡に、「大きな物語」のフェイクにすぎない「ハルマゲドンによる救済」を現実化することで、起死回生の巻き返しを図るという考えが浮かんだとしたら。オウム真理教は、そうした期待に答えてくれるものとして、彼らの前に現われたのでした。

 

宮台は、オウム事件サブカルチャーの影響のせいで「メディアと現実の区別がつかなくなった者たちの犯罪」という図式に回収してしまうことに反対します。サブカルチャー的な想像力によって捏造された「擬似現実」を捨て去ったところで、「大きな物語」によって正統性を付与された「現実」などもはや存在しないからです。むしろ、私たちが帰るべき「大きな物語」があるはずだという主張が、「終わらない日常」に耐えられない者たちを「ハルマゲドンによる救済」の物語へと駆り立てていったのではないかと、考えなければなりません。宮台は次のように述べています。

 

 結論を言おう。私たちに必要なのは、「終わらない日常を生きる知恵」だ。「終わらない日常のなかで、何が良きことなのか分からないまま、漠然とした良心を抱えて生きる知恵」だ。その知恵を探るために、私は「終わらない日常」に適応したブルセラ世代を調べてきた。その私を「不道徳だ、非倫理的だ」と批判してきた「倫理的な」あなた。あなたのような知恵のない人たちが、「偽者の父親」を登場させ、サリンをばらまかせるのだ*6

 

さて、東も宮台と同様に、1995年に起こったオウム真理教事件によって、「大きな物語」が凋落した後の空隙を虚構の物語によって埋めようとする試みが無効であることが証明されたと見ています。そして、95年以降のオタク文化においては、「データベース」における「萌え要素」の組み合わせによって無限に生成されるシミュラークルの戯れに身を浸すような消費行動が支配的になったと主張します。このことは、かつて国家や宗教が提供していた「大きな物語」に則ることで「人間性」を陶冶するという発想が、もはや無効になったということを意味しています。私たちは、「大きな物語」によって指し示される「人間性」の実現に向かっていくことをとっくにやめて、シミュラークルの戯れの中で、そのつどの「動物的」な欲求を充足しているにすぎません。そして東は、このようなオタクたちの消費行動が、宮台が注目した、「記号化され、匿名化された都市文化のなかで〔中略〕まったりと生きている90年代のブルセラ少女たち」*7の戦略に近いのだと主張します。

 

ここまでの議論から、東の「動物化」の概念には、「大きな物語」によって保証されていた「人間性」への志向からの離脱という意味が含まれていると言ってよいのではないかと思います。東の掲げる第二の問いは、「大きな物語」が凋落したポストモダンにおける人間のあり方に向けられていました。「動物化」というのがその答えなのですが、すでに断っておいたように、東の「動物化」の概念の詳細な内実について検討を加えていくことはかないませんので、この辺りで議論を切り上げることにして、次に進みたいと思います。

 

宮台は「終わらない日常」をまったり過ごすコギャルたちの生き方について考察していました。それでは東は、データベース消費をおこなうオタクたちの生き方について、どのように論じていたのでしょうか。ここで登場するのが「解離的」という概念です。東はこの概念を、「小さな物語と大きな非物語という二つの水準を、とくに繋げることなく、ただばらばらに共存させていく」ことであり、「分かりやすく言えば、ある作品(小さな物語)に深く感情的に動かされたとしても、それを世界観(大きな物語)に結び付けないで生きていく」*8ことだと説明しています。

 

「解離的」と呼ばれるオタクの特徴について考察するに当たり、東は美少女ゲームを手がかりにしています。多くのノベルゲームでは、ゲームが進行していく中でプレイヤーに選択肢が示され、どの選択肢を選んだかによって、それぞれ異なったシナリオが展開していくマルチストーリーおよびマルチエンディングの構成になっています。ゲームには複数のヒロインが登場しますが、プレイヤーによって選択されたシナリオの中では、主人公は一人のヒロインとの「純愛」を経験することになります。こうしたノベルゲームのシステムについて、東は次のように解説します。

 

作品の深層、すなわちシステムの水準では、主人公の運命(分岐)は複数用意されているし、またそのことはだれもが知っている。しかし作品の表層、すなわちドラマの水準では、主人公の運命はいずれもただひとつのものだということになっており、プレイヤーもまたそこに同一化し、感情移入し、ときに心を動かされる。ノベルゲームの消費者はその矛盾を矛盾だと感じない。彼らは、作品内の運命が複数あることを知りつつも、同時に、いまこの瞬間、偶然に選ばれた目の前の分岐がただひとつの運命であると感じて作品世界に感情移入している*9

 

東は、このような二つの水準の間に矛盾を感じることなく美少女ゲームを享受するオタクたちのあり方を「解離的」と形容したのです。

 

こうした美少女ゲームの中でも、東がとくに注目しているのが、剣乃ひろゆきが監修しelfから発売された『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』という作品です。『YU-NO』は大きく「現世編」と「異世界編」に分かれていますが、ここでは「現世編」に関する東の議論を見ていきます。

 

主人公の父親歴史学者の有馬広大(ありま・こうだい)は、外国での研究中に落石事故に遭って行方不明となり、1か月後に死亡認定が下ります。ところがその後、主人公のもとに、行方不明になった父親からの小包が届きます。父親がまだ生存していることが記された手紙とともに小包の中に入っていたのは、「リフレクターデバイス」という装置でした。この装置には8つの宝玉が嵌まる仕掛けになっており、その宝玉を使用すると、その時間、その空間に、いつでも舞い戻ることができるようになります。

 

f:id:tsunecue01:20150921162150j:plain

リフレクターデバイス(『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(elf、1996年)

 

主人公の父親は2人の共同研究者とともに、この世界は無数の「並列世界」によって構成されているという説を主張して、歴史学者の間では異端視されていました。しかしついに彼は、「並列世界」の存在を裏づける装置である「リフレクターデバイス」を手に入れ、それを息子である主人公に託したのです。

 

プレイヤーは通常の美少女ゲームと同じように、ストーリーが進展していく中でいくつかの分岐点に遭遇し、プレイヤーが選んだ選択肢に応じて、異なるヒロインとの交流を描いたシナリオをたどっていくことになります。言うまでもなく、この複数のシナリオこそ、主人公の父親の主張した「並列世界」にほかなりません。シナリオは複雑に分岐しますが、おおまかに分けると、波多乃神奈・朝倉香織ルート、一条美月・武田絵里子ルート、島津澪ルート、有馬亜由美ルートの4つに分かれており、プレイヤーは6人のヒロインたちのいずれかを「攻略」していくことになります。

 

f:id:tsunecue01:20150921162223j:plain

並列世界画面(『YU-NO』)

 

しかし、『YU-NO』が通常の美少女ゲームと異なるのは、主人公が「リフレクターデバイス」を手にしているということです。彼はこの装置を使うことで「並列世界」の間を渡り歩き、アイテムを集めていくことで、失踪した父親とこの世界の真実に近づいていくことになります。

 

f:id:tsunecue01:20150921162238j:plain

メタ並列世界画面(『YU-NO』)

 

ここで、東がこの作品に注目した理由が明らかになります。彼によれば美少女ゲームは、特定のヒロインとの交流を描いたドラマが展開される「表層」と、主人公の複数の運命(分岐)を用意しているシステムの水準である「深層」から成り立っており、「解離的」なオタクたちは、この2つのレヴェルの間に矛盾を感じることなく、作品を享受しています。そして『YU-NO』という作品は、プレイヤーのこうした「解離的」な志向それ自体を、作品世界の中に取り込んでしまっているのです。

 

『痕』や『Air』のようなノベルゲームのプレイヤーは、それぞれのプレイのあいだは、システムが作り出した個々のドラマを素直に受容している。その背後の構造が解析され、シナリオやイラストが吸い出され、さらにそのまわりに情報交換や二次創作のコミュニケーションが張り巡らされるのは、あくまでもプレイの外側においてである。言い換えればそこでは、小さな物語への欲求は作品内で孤独に満たし、大きな非物語への欲望は作品外で社交的に満たす、という明確な分割が成立している。
 ところが『YU-NO』は、そのドラマの外で生じるはずのコンプリートへの欲望すらドラマのうちに組み込み、両方の情熱をともに作品内で満たすことを目指して作られている。ノベルゲームではドラマは見えるが、それを生み出すシステムは見えない。しかし『YU-NO』では、その両者がともに見えるかのような錯覚が作り出されているのだ*10

 

東は、プレイヤーが表層と深層の両者に向けている「解離的」な欲望それ自体を、物語世界の不可欠な要素として組み込んだ『YU-NO』という作品に見られる「メタギャルゲー的な二重性」*11に注目しています。

 

ドラマの消費とシステムの消費のこの二層化は、コンピュータ・ゲームの前提となる条件であり、この作品も決してそれを逃れているわけではない。しかしとはいえ、『YU-NO』が、そのような条件のなかにいながら、同時にその条件の自覚を目指したアクロバティックな試みであり、きわめて重要な作品であることは疑いない*12

 

以上、東の掲げる「二つの疑問」とそれをめぐる考察を、ごくおおまかにではありますがたどってみました。

 

*1:東『動物化するポストモダン』46頁

*2:東『動物化するポストモダン』132頁

*3:宮台真司『終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル』(筑摩書房、1995年)87頁、なお横書き表示に合わせて、一部漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります。

*4:宮台『終わりなき日常を生きろ』96頁

*5:宮台『終わりなき日常を生きろ』86頁参照

*6:宮台『終わりなき日常を生きろ』113頁

*7:東『動物化するポストモダン』135頁、なお横書き表示に合わせて、一部漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります。

*8:東『動物化するポストモダン』122頁

*9:東『動物化するポストモダン』123-124頁

*10:東『動物化するポストモダン』165頁

*11:東『動物化するポストモダン』162頁

*12:東『動物化するポストモダン』166頁

サブカルチャー批評を読み解く (2)

以下では、『動物化するポストモダン』での東浩紀の主張を、簡単に振り返ってみたいと思います。

 

この本は3つの章で構成されていますが、中心となるのは第2章「データベース的動物」です。この章の冒頭で、東は「二つの疑問」を掲げています。

 

(1)ポストモダンではオリジナルとコピーの区別が消滅し、シミュラークルが増加する。それはよいとして、ではそのシミュラークルはどのように増加するのだろうか? 近代ではオリジナルを生み出すのは「作家」だったが、ポストモダンシミュラークルを生み出すのは何ものなのか?

 

(2)ポストモダンでは大きな物語が失調し、「神」や「社会」もジャンクなサブカルチャーから捏造されるほかなくなる。それはよいとして、ではその世界で人間はどのように生きていくのか? 近代では人間性を神や社会が保証することになっており、具体的にはその実現は宗教や教育機関により担われていたのだが、その両者の優位が失墜したあと、人間の人間性はどうなってしまうのか?*1

 

今回は、(1)に関する東の議論を見ていきます。

 

ポストモダン」に関する東の議論の出発点にあるのは、J=F・リオタールの『ポストモダンの条件』などで指摘されている、「大きな物語の凋落」です。「大きな物語」とは、18世紀から20世紀半ばまで、近代国家がその成員をまとめあげるために整備したシステムの総称を意味します。より具体的に言うと、思想的には人間や理性の理念であり、政治的には国民国家や革命のイデオロギーであり、経済的には生産の優位の発想などを指しています。そして「ポストモダン」とは、もはや人びとがこのような「大きな物語」の存在を信じることができなくなった時代を意味しています。

 

かつての連合赤軍は、共産主義という「大きな物語」を信じることができました。しかしオウム真理教の時代には、共産主義のような社会的に認知された物語は存在していませんでした。そこで彼らは、偽史的な想像力を駆り立てて、失われてしまった「大きな物語」の代理物の捏造をおこないました。

 

しかし、いまやオタクたちは、そうした「大きな物語」のフェイクを必要としなくなってきているのではないかと、東は考えます。

 

筆者には、〔中略〕近代からポストモダンへの流れは、進むにつれて、そのような捏造の必要性を薄れさせていくように思われる。というのも、ポトモダンの世界像のなかで育った新たな世代は、はじめから世界をデータベースとしてイメージし、その全体像を見渡す世界視線を必要としない、すなわち、サブカルチャーとしてすら捏造する必要がないからだ。もしそうだとすれば、失われた大きな物語の補填として虚構を必要とした世代と、そのような必要性を感じずに虚構を消費している世代とのあいだに、同じオタク系文化といっても、表現や消費の形態に大きな変化が現れているに違いない*2

 

東はこうした変化を、『機動戦士ガンダム』と『新世紀エヴァンゲリオン』を比較することによって説明をおこなっています。彼は、『ガンダム』のファンは架空の大きな物語への情熱を持っていたのに対し、『エヴァ』のファンにはそのような作品世界の全体に対する関心は希薄だったと言います。

 

ガンダム』のファンは「宇宙世紀」の年表の整合性やメカニックのリアリティに以上に固執することで知られている。それに対して、『エヴァンゲリオン』のファンの多くは、主人公の設定に感情移入したり、ヒロインのエロティックなイラストを描いたり、巨大ロボットのフィギュアを作ったりすることだけのために細々とした設定を必要としていたのであり、そのかぎりでパラノイアックな関心は示すが、それ以上に作品世界に没入することは少なかったのである*3

 

エヴァ』の制作会社であるガイナックスも、こうした消費者の動向に合わせて、登場人物を使った麻雀ゲームや、エロティックな図柄のテレフォン・カード、あるいは綾波レイの育成シミュレーション・ゲームといった、「コミケで売られている二次創作にかぎりなく近い発想の関連企画」を展開していったことに、東は注目しています。そして、いまやオタクたちの消費の〈対象〉となっている、これらの「シミュラークル」の背後にあるのは、作品世界という「大きな物語」などではなく、無数の「シミュラークル」を生成する「データベース」だと、東は主張します。

 

次に、東の「データベース消費」と、彼によって批判的に言及されている大塚英志の「物語消費」の違いに触れておきます。

 

定本 物語消費論 (角川文庫)

定本 物語消費論 (角川文庫)

 

 

大塚が、「物語消費」を語るときに例として取り上げているのが、ロッテから発売され、1987年から88年にかけて子どもたちの間で流行した「ビックリマンチョコレート」です。

 

ビックリマンシール」は、表面に一人のキャラクターが描かれ、裏面にはそのキャラクターに関する「悪魔界のうわさ」と題される情報が記載されています。そして子どもたちは、一枚一枚のシールに記載された断片的な情報である「小さな物語」の背後に存在する、神話的叙事詩のような世界観、すなわち「大きな物語」へ向けての欲望に誘われることになります。なお付け加えておくと、大塚のいう「大きな物語」という言葉には、少なくとも直接的には、近代的な社会システムの総称といった意味が込められているわけではありません。大塚は2002年におこなわれた東との対談の中で、「東くんが書いたものに対して感じていた違和感というのは、『物語消費論』はマーケティング理論でしかないのに、それがそのまま社会システム理論に移行しているからなんだよね」*4と語っています。

 

さて、上の考察に続けて、大塚は次のような議論を展開しています。

 

 しかしこのような〈物語消費〉を前提とする商品は極めて危うい側面を持っている。つまり、消費者が〈小さな物語〉の消費を積み重ねた果てに〈大きな物語〔中略〕を手に入れてしまえば、彼等は自らの手で〈小さな物語〉を自由に作り出せることになる。例えば以下のようなケースが考えられよう。著作権者であるメーカーに無許可で、誰かが〈スーパーゼウス〉に始まる772枚のビックリマンシールのうちの一枚をそっくり模写したシールを作れば、これは犯罪である。こうして作られたシールは〈偽物〉である。ところが同じ人間が、「ビックリマン」の〈世界観〉に従って、これは整合性を持ちしかも772枚のシールに描かれていない773人目のキャラクターを作り出し、これをシールとして売り出したとしたらどうなるのか。これは772枚のオリジナルのいずれを模写したものでもない。したがってその意味では〈偽物〉ではない。しかも、773枚目のシールとして772枚との整合性を持っているわけであるから、オリジナルの772枚とも同等の価値を持っている。〈物語消費〉の位相においては、このように個別の商品の〈本物〉〈偽物〉の区別がつかなくなってしまうケースがでてくるのだ*5

 

そして大塚は、「大きな物語」とその断片である「小さな物語」という枠組みを用いて、いわゆる「二次創作」の解明をおこなっています。大塚が例に引いているのは、高橋陽一原作のマンガ『キャプテン翼』です。「二次創作」の作者たちは、原作の『キャプテン翼』から「世界観」という「大きな物語」を抽出し、それに則って原作とは異なる「小さな物語」を生み出していったのです。そして大塚は、こうした「大きな物語」と「小さな物語」の関係を、歌舞伎の「世界」と「趣向」の関係になぞらえて説明します。

 

 「翼」同人誌の作品は、「キャプテン翼」という〈世界〉を定め、これをそれぞれの女の子たちが自分の創意工夫にとんだ〈趣向〉をもって描いたものである。このような〈世界〉-〈趣向〉という軸の中で考えた時、高橋陽一の本家「翼」を含めた無数の「翼」作品を判断する基準として、どれがオリジナルであるかはもはや無意味であり、ただ〈趣向〉の優劣のみが有効となってしまう*6

 

f:id:tsunecue01:20150901011031j:plain

世界観と物語の関係(大塚『定本物語消費論』16頁)

 

まとめると、「ビックリマンシール」を集める子どもたちや『キャプテン翼』の二次創作をおこなっているファンたちは、「小さな物語」を通して、その背後の「大きな物語」を志向しているというのが、大塚の「物語消費」でした。

 

これに対して、東は「データベース消費」という概念を提唱します。東が取り上げるのは、「キャラ萌え」と呼ばれる、オタクたちの新しい消費行動です。

 

 かつては作品の背後に物語があった。しかしその重要性が低下するとともに、オタク系文化ではキャラクターの重要性が増し、さらに今度はそのキャラクターを生み出す「萌え要素」のデータベースが整備されるようになった。この10年間のオタク系文化はそのような大きな流れのなかにあった*7

 

ここで例にあげられているのが「萌え要素」です。「萌え要素」には、「アホ毛」「ネコミミ」「メイド服」といったグラフィカルな要素や、特定の口癖、設定、物語の類型的な展開などが存在しています。東のいう「データベース」とは、こうした無数の記号的な要素の集積を意味しています。東は、こうした「萌え要素」を享受しているオタクたちの消費行動について、次のように説明します。

 

90年代のオタクたちは一般に、80年代に比べ、作品世界のデータそのものには固執するものの、それが伝えるメッセージや意味に対してきわめて無関心である。逆に90年代には、原作の物語とは無関係に、その断片であるイラストや設定だけが単独で消費され、その断片に向けて消費者が自分で勝手に感情移入を強めていく、という別のタイプの消費行動が台頭してきた。この新たな消費行動は、オタクたち自身によって「キャラ萌え」と呼ばれている。〔中略〕そこではオタクたちは、物語やメッセージなどはほとんど関係なしに、作品の背後にある情報だけを淡々と消費している。したがって、この消費行動を分析するうえでは、もはや、それら作品の断片が「失われた大きな物語」を補填している、という図式はあまり適切でないように思われる*8

 

オタクたちは「大きな物語」への志向をやめて、個々の作品の設定やキャラクターの背後にある、広大なオタク文化全体のデータベースを消費することへ向かっていると東は主張します。これが、彼の提唱する「データベース消費」という考え方にほかなりません。

 

東が掲げた「二つの疑問」の中の(1)、すなわち「ポストモダンではオリジナルとコピーの区別が消滅し、シミュラークルが増加する。それはよいとして、ではそのシミュラークルはどのように増加するのだろうか? 近代ではオリジナルを生み出すのは「作家」だったが、ポストモダンシミュラークルを生み出すのは何ものなのか?」という問いに対する東の考察を、これまでたどってきました。この問いに対する東の答えは、「データベース消費」という考え方によって示されていると言ってよいでしょう。

 

次回は、「二つの疑問」の(2)の方に目を向けることにしたいと思います。

 

*1:東『動物化するポストモダン』46頁

*2:東『動物化するポストモダン』57-58頁

*3:東『動物化するポストモダン』59-60頁

*4:大塚英志東浩紀『リアルのゆくえ―おたく/オタクはどう生きるか』(講談社現代新書、2008年)33頁

*5:大塚『定本物語消費論』15頁、なお横書き表示に合わせて、一部漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります。

*6:大塚『定本物語消費論』19頁

*7:東『動物化するポストモダン』69-70頁、なお横書き表示に合わせて、一部漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります。

*8:東『動物化するポストモダン』58頁、なお横書き表示に合わせて、一部漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります。